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 シアと名乗った青年は結局水江の家までついてきた。──ご焼香を、とまるで日本人離れした美形の彼の口から出てきた言葉は、どこか浮いている。現実感が、重みがない。水江にはおよそそのご焼香が西洋の習慣か何かのようにさえ聞こえた。
「……昔、澤教授がまだ大学で教鞭をお取りになられていた頃に出逢いまして、しばらくご教授を受けました」
 シアはそう言って、いかにも人畜無害そうににっこりと笑む。ありうる話だがなぜか彼が述べるとひどく嘘くさく聞こえて、水江は複雑な戸惑いを感じた。
(……違和感?)
 よく分からない。
 決して悪い人間ではないだろう、とは思うのだが。
 一度学校に帰り、着替え、荷物を持って改めて家に帰る──それまでの短くはない時間をシアは炎天下の校門の前で待っていた。文句もなく、きっちりと着こなした白いスーツのまま、汗ひとつかかずに。そんな余裕のある態度に加えて、葬儀の際に他の弔問客がしたように、天涯孤独の身になった水江を哀れむような目で見なかったことにも、水江は安堵した。結局一緒に歩いて家に帰り、誰もいないただっ広い家に上がり、形ばかりの仏壇に焼香をしたときも、シアは決して一度も哀れむような眼差しを水江に向けることはなかった。ただにこにこと笑みを絶やさない──義文のお悔やみを申す際までも。
 水江は一応礼儀として、リヴィングのテーブルにお茶だけを差し出して(お茶菓子なんて高度なものはなかった)祖父との関係とさり気なく尋ねた。
 その答えがそれだ。
 うそだ、と直感的にそう思う。だが理由もなしに、そんなことを責めることはできない。
 水江は困ったように顔を歪めてみせた。
「……それで、あの」
 聞きたいことはいくつもあったが、顔をあげて目の前の彼を見やれば、つい一瞬言葉が詰まる。ローテーブルを挟んで向かい側のソファに軽く腰かけた青年の姿は、特に何をしているわけでもないのに美しかった。
 白い肌、光に透ける茶色の髪、透き通るような蒼い瞳、顔の造作は微かにスラブ系だろうかと分かるだけで人種不明ながらの不可思議な美しさを醸し出している……。性別を越えたその美しさを直視できず水江はなんとなく目を逸らすようにして、口を開いた。
「先程の言葉なんですが」
「……はい?」
「だから、迎えに来たって。……どういう意味ですか?」
 彼のあまりにも突飛な言い様に、水江は始め返す言葉もなかった。
 シアはその水江の問いににっこりと笑顔を返す。
「すいません、私、日本語をたまに少し言い間違えます。迎えに来たのではなくて、お世話になりにきた、ですね」
「…………」
 そんな流暢に日本語をしゃべりながら、言い間違えたなどというのは余りにお粗末な言い訳だ、と眉をひそめてから、水江はきょっとんと我に返った。
「は?」
 思わず目を丸くしてそんな声を返す。
「……え? お世話になりにきた?」
「はい。ああ、実際のところはお世話をしにきたというのが正しいのかも知れませんが」
 しゃあしゃあとシアは答える。水江は眉間のしわを深くして、額に手を当てた。
「なにわけの分かんないこと、」
「あれ? 澤教授からお聞きになりませんでしたか?」
「はあ?」
「……中橋さんからは?」
「何を?」
 さっぱりわけが分からない。祖父や中橋氏から特別に挨拶をしなければならないような人物の存在は聞いてはいないはずだ。おかしいな、とシアは呟いた。
「澤教授に何かあってもしお孫さんがひとりになったときは、お世話させて頂くという約束をしていたのですが」
「──はあ?」
 失礼とは分かっていたが、水江は思いっきりそう問い返している。
 話が突然すぎてついていけない。
(……なに? 世話?)
 誰が。
 水江の目の前で、シアはやわらかな笑顔を見せる。
「約束って、誰と」
「澤教授です」
「……じいさんと? 誰が?」
「私が、です」
「……聞いてないよ、俺」
「おかしいですね、中橋さんも知っていたと思うのですが」
 中橋なら今でも生きているのだから連絡は取れる。水江は、あまりにも急激で不穏な展開に強く唇を噛んで立ち上がった。
 リヴィングの一角にある電話の、コードレスの受話器に手をのばす。
 それを水江はシアに手渡した。
「──電話。中橋さんに」
「ああ、それがいいですね。使ってもいいですか?」
「……どうぞ」
 中橋の電話番号を知っているか、とかまをかけたつもりだったが、シアはあっさりと悩んだふうもなく番号を押している。電話はすぐに繋がったようだった。
「中橋法律事務所ですか? 中橋氏はおいでですか? ……はい、私、セシア・バートンと言います。はい、そう言えば分かると思います。お願いします」
 そこでシアは一度顔を上げて、繋がった、とばかりににっこりと笑んでみせる。水江は眉宇を寄せた。
「……中橋さんですか? お久しぶりです、セシア・バートンです。ええ、予定が繰り上がりまして今日の朝日本に着いたんです。それでとりあえず澤教授の墓参にいったのですが、そこで偶然水江さんに逢いまして、そのままお家の方にお邪魔させて頂いたのですが、……その、水江さんが私のことを聞いてないとおっしゃって」
 和やかに問題なくシアは中橋氏と話をしているようだった。
 電話するシアの声を耳に入れながら、そこで改めて水江は先程の話を思い返す。世話をするのは、シアの方だと言ったのだったか……つまり保護者のようなものだろう。
(このひとが?)
 この現実感がないほどに綺麗なひとが、自分の保護者になるのか、と思うと、それこそ現実味がなく奇妙に背中が浮くような感じがした。
「……ああ、そうなんですか。すいません、私も予定が早まったことをお伝えしないでいましたから」
「ね、ちょっとさ、代わってくれる?」
 にこにこと今にも世間話に移行してしまいそうな雰囲気に、水江は思わずそう手を出している。シアはそんな水江の態度にも笑顔を崩さなかった。
「じゃあ水江さんに代わります。……どうぞ」
「……どうも」
 受け取って慌ただしく水江は受話器を耳に当てた。
「中橋さん? どういうことなんですか?」
 電話の向こうの声はのんびりと答えた。
『そういうことなんだよ、水江くん』
「…………」
 水江は深く吐息を落とした。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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