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 ──今日いやなことがあった。
 たとえばコミュニティサイトにそう書き連ねれば、誰かが反応してくれる。顔も知らない誰か。たとえばアサヒという名前の女の子。──なにがあったの? だいじょうぶ? 知らない相手の気遣いの方が、現実よりよっぽどつながっている感がある。
 ──元彼がより戻したがっててうざい。今彼の方は、
 少し迷ってから、あたしは書き足す。
 ──ライバル出現。超美人。ゆれてるっぽい。
 書くだけ書いてあたしはサイトを閉じた。嘘を書いている。ハルは彼氏じゃないし、現れたふたり組は友人を名乗っていてライバルでもない。でも揺れてるのはたぶん本当だ。
 携帯電話をあたしはベッドに放り出す。
 気持ちがいらいらしていた。なにひとつ落ち着かない。ベッドサイドの出窓に並べたぬいぐるみに手をのばすとあたしはそれを壁に向けて投げつけた。
 ひとつ、ふたつ。ぼんぼんと壁にあたってぬいぐるみは床に落ちる。ぬいぐるみに愛着はなかった。確か一年か半年前に付き合った男がUFOキャッチャーが得意で、欲しいと言ったわけでもないのにデートのたびにくれたものだ。わあ可愛いありがとう。愛想良く笑えば彼も簡単に落ちてきた。
 どうしてこんなにもくだらないんだろう。
 どうしてこんなに。こんなにも。世の中には嘘や欺瞞や偽物や戯れやとにかく本物じゃないものに溢れているんだろう。
 ぼんぼん投げつけて、やがて手に届く範囲のぬいぐるみが最後のひとつになった。そのとぼけたくまのぬいぐるみを手にとって、振り上げた──そのとき、部屋の扉が控えめにノックされた。
「──美帆さん?」
 ハルの声。なに、と返せば、入っていいですか? とドア越しに丁寧に聞いてくる。ハルは、ハルはいつだってあたしを尊重し、優しい。
 いいよ、と言えば、ハルが静かにドアを開けて中に入ってきた。と、足元に山になっているぬいぐるみを見て、不思議そうに首を傾げた。あたしはそんなハルを、ベッドの上に座り、手にしたぬいぐるみを抱いて眺める。ハルがそのうちのひとつを拾い上げた。
「音がしていたので。……これを投げていたのですか?」
「そう」
「どうかしたんですか? 帰ってきてからずっと、……お加減が悪いんですか」
 あたしの機嫌の変化をハルは敏感にかぎ取る。そしてお茶に誘ったり、隣に座ったり、ひとりにしておいたり、してくれる。そのハルが今のあたしに戸惑っていた。きっと自分のせいじゃないかと思っているのだ。
 ……ハルが悪いんじゃない。だけどあたしがいらついているのは、ハルのせいだ。
 あたしはハルの質問を無視した。
 入口から一歩入ったところで足を止めたハルを、あたしは見上げる。
「ねえ、ハルは大切なものが見つかったら、あたしのうちから出ていくの?」
「…………」
 あたしが道端で拾った男は、あたしを見つめ返してなぜかひどく戸惑い、眼差しを揺らした。
「ハル、」
「……いずれ、ここは出なくてはいけないでしょう。ご両親も帰ってきますし」
 視線を逸らしての返事。あたしは反射的にぬいぐるを投げていた。ぽすんと彼の胸に当たって、床に落ちる。
「そんなこと聞いてない。ハルは大切なものが見つかったら、あたしのうちから出ていくのかって聞いてるの!」
「美帆さん、」
 記憶がないハル。行く場所のないハル。
 だからあたしは彼をあたしの家に招いた。彼に居場所をあげたのだ。
 ──あなたは自分のために〈彼〉の面倒をみているんだろう?
 不意に白いスーツの青年の冷え冷えとした声がよみがえって、あたしはぞっとした。
 あたしのため?
 ハルを助けたのは、自分のためだというの? まさか。そんなはずない。ハルは困っていた。ハルはハルの気持ちで、あたしのそばにいる。ハルはいつだって家を出ていけるし、逃げられるし、自由だ。ここにいるのはハルの意志のはずだ。
「ハル」
 あたしはその場に立ち尽くしたままの彼を呼ぶ。ハルが頼りない眼差しをあげた。
 その清冽な瞳が痛いほど、あたしは自分の中で、いろんな感情がごちゃごちゃと交り合い、どす黒く鈍く重いなにかを生み出しているのが分かった。
「ハル、」
 もう一度呼んで、あたしは手を差し伸べる。来て、とも言わないで彼を招いた。
 ハルは切なげに眉をひそめ。
 そして一歩を踏み出した。




To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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