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 なぜ急に感情を揺すぶられたのか、自分でも分からなかった。
 彼女は、激昂したあとの名残らしい濡れた目じりをぬぐって、照れ笑いをもらす。
「ありがとう、ハル。ハル……ねえ、ここ座って」
「……はい」
 彼女の指し示すソファの彼女の隣に僕は素直に腰をかけた。彼女はそれ以上なにも言わなかった。またクッションを抱えて、見てもいないテレビに目をやって。
 僕は隣に座る彼女を見つめる。
 不思議な感じがしていた。彼女が僕を必要としているのが分かった。彼女を慰めたいと思う。彼女に優しくしたいと思う。……この心はなんだろう。見つめていると、なぜか胸が詰まって泣きだしたくなるような感覚がした。心臓がどきどきと早鐘を打って、それがまた不思議なことに思える。
 そうか心臓とはこんなふうに打つものなのか。
 ……僕はなんだか呆然としていた。
 身体が先に反応して、心が置いてけぼりにされている。こんなふうに〈身体〉に引きずられるのは初めてだった。
 僕の隣で、彼女はいつもどおり自由に振る舞っている。僕が用意した紅茶を飲み、少し気持ちが落ち着いたのか、ゆるりと身体の力を抜いて言葉もなく僕の方に身体を預けた。それは猫の子が親猫に甘えるような、自然で暖かな仕草だ。足元ではかまってほしいのか、白猫のブランが同じようにすり寄ってきていた。
 広いリビングで、テレビの音だけが陽気に騒いでいる。
 僕は肩に彼女の重みとぬくもりを感じながら、ゆっくりと息を吐いた。
 ──急激な変化は、警告だ。
 気をつけなければならない。
「……美帆さん、」
「なあに」
 呼びかけても、彼女はテレビを向いたままだった。
「明日、ご一緒していいですか?」
 そんな言葉がするりと口からついた。いつだって僕の同行をせがむのは彼女の方で、僕からそんな申し出をするのは初めてだ。僕自身少し驚いて、右肩に頬を乗せる彼女を見やれば、彼女の方も顔を動かして僕を見た。間近で目が合う。くりっとした丸い目がきょとんと見開かれて、不思議そうに瞬いた。
「どうしたの?」
「いえ──」
 なぜか不意に彼女から離れてはいけないような気がして。
 彼女はしばらく黙って、それから笑った。
「ありがとう。嬉しい」
 彼女が嬉しそうなら、僕も嬉しいと感じた。

 ──〈良いこと〉ってなかなか難しいの。
 と彼女は言った。
 僕と出会って二週間以上経つけれど、彼女は相変わらず〈良いこと〉を探していた。けれど彼女は決してわざとらしい〈良いこと〉はしなかった。たとえば電車の中で、座席に座ってめぼしい人物が現れたら席を譲るなんてことはせず、最初から立つことを選んでいたし、募金や署名をみつけても安易に参加せず、ゆっくりと検討し見極めてから参加した。
 彼女は良い子だ。
 僕はよく知っている。彼女は優しい。
 なのに、なぜ彼女は露悪的に振る舞うのか、僕には分からなかった。


To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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