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 ……ガランとした広いリヴィングをひとりで眺めていた。
(これでとうとうひとりだ)
 ふと水江はそんなことを考える。
 葬儀などの諸事から解放されて現実に家にひとりになったのは葬儀から二日目の夜のことだった。
 母親を生まれてすぐに、父親を幼い頃に事故で、中学生の頃祖母を病気で亡くし……最後の肉親である祖父が病に倒れてから一年余り──ひとりだけの家には慣れていたはずだった。
 それでも。
 広いリヴィングも、ものの余りないキッチンも以前と変わったところなどないのに、ただひとり人が住まなくなるというだけでその印象はがらりと変わった。
(……ひとりに、なったんだ)
 もともと血縁の薄い家系なのか遠縁も殆どおらず、祖父の遺言状にあった通り結局は未成年である水江の身元保証人は祖父の懇意にしていた弁護士の中橋氏になったが、もちろん一緒に暮らすわけでもない。
 何気なくソファに横になり、水江はぼんやりと部屋を眺め回す。……家は大学教授だった祖父が六年ほど前の祖母のまだ生きていた頃に建てたもので、書庫に程近い書斎のある洋風の住みやすく、だが三人で暮らすのでさえ少し広い家だった。それを水江は相続し、生前からの祖父と中橋氏の計らいで相続の際・にも手放さずに済み、水江は住み慣れたこの家で一人暮らしすることになったのだ。
 ──大丈夫か?
 義文は死に間際にただ一言そう尋ねた。その身を冒している病魔による苦痛も弱音も吐かずに、ただ一言。
 痩せこけた頬を、抜けた頭髪を、皮だけのような細い首を、血管の浮き出た手や腕を、見下ろして水江は無表情にそれを聞いた。もう長くはない、そう分かっていた。
 ──大丈夫か?
 気難しく説教好きで厳しく気丈で、けれど優しい祖父の、その一言は余りにも彼らしかった。水江は薄く笑った。
 ──大丈夫、やってけるよ。
 ひとりで生きていくのは簡単だ。一人暮らしには不安も不満もない。ただ……。
 広い部屋に、ひとり。
(寂しい?)
 そういうわけじゃない、と水江は思う。ひとりが寂しいわけでも、祖父を失って悲しみにうちひしがれているわけでもない。ただ、多分自分は今自分の異端さを深く感じ入っているだけだ。
 そう自分は最後の肉親である祖父を失ったというのに、涙のひとつも流していない……。
 安らかな死。
 たとえ病気で激痛がその身を責め苛んでいても、突発的な事故でどんな言葉を残すことができなくても。須く死は安らかだ、と水江はそう思う。
 それが愛した母でも父でも祖母でも祖父でも、だれでもその死は安らかで尊く。
(……悲しくは、なく)
 むしろ喜ばしく──。
 そう思う自分が異端なのだと、理解はしているけれど。
 死は、美しく尊い。
 水江はそう知っている。それとも教えられたのだろうか。そう思うこともあったが、それはどうなのかは自分でもよく分からなかった。
 教えられたのか。
 昔、幼い頃に出逢った生と死の使いに。
(覚えているのは、淡い水色の……)
 水江はソファに重い身体を深く沈めて、顎を仰のけて目を閉じる。祖父を失った悲しみよりも寂しさよりも、……視界を閉じた瞼の裏に記憶の残像が映る。
 幼い頃の記憶の殆どをなぜか失った自分の一番古い記憶を回顧して、その幼い思い出の断片を繋ぎ合わせた、過去の幻想。
 郷愁のような切ない想い。
 ──それから天上へ飛び立つ、白い翼。



 裏山を昇る道に沿うように続く並木の木陰を出た途端、白い光が瞳孔を射た。
「っ」
 眩しさに一瞬目を閉じて、目眩をやり過ごす。だがすぐに、つい速度の緩みかかった足をしっかりと地面に着けて蹴り出し、水江は走る速度を元に戻す。
 ざわりと辺りの緑が揺れた。
 水江は一定の調子で地面を蹴る。学校から裏山の頂上付近まで片道約三十分を、休みなくただ走り続けていた。
 ……走っていればいろんなことを忘れられる。走ることは一つの日常からの脱却だ。まだ日も暮れていないというのに部活動を終えて、平凡で何もない日常に舞い戻るのは今の水江には苦痛だった。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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