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   5 予感



 振動を感じた──ような気がした。
 ふと僕は窓から外を眺める。二階の部屋の窓から見える空には、銀色の月が輝いていた。車の音や犬の遠吠えも聞こえない、静かな夜だ。
 僕は思い直して、ふと自分の手のひらに目を落とす。振動だと思ったのは、自分の震えだったような気がしてきたのだ。
 手は震えていない。
 だけどなぜだか自分の手を見ていると、どうしようもなく違和感がこみあげてきて、僕は戸惑った。熱もった手のひら、その確かな感覚が、なんだか慣れないようでもあり、すごく懐かしいようでもあった。
 ──早く見つけないと。
 不意にそう閃く。
 美帆という名前の少女と出会い、彼女に拾われてから半月。僕は別に、無為に過ごしているつもりはなかった。今の在り方が〈無意味〉だとも思わなかった。記憶がないから、〈大切なもの〉がなにかは分からない。だけど僕は、本当はそれがなにかを〈知っている〉。出逢えば、分かる。だから焦ってもいなかった。
 なのに、なぜ今、急にそんな気持ちになったのだろう。
「──だから、昨日はちょうどお風呂に入ってたから出られなかったんでしょ!」
 不意に美帆さんの声が聞こえて、僕は我に返った。
 階下で電話をしているのだと思い当たる。僕は耳を澄ませた。
「そんなに心配なら帰ってくればいいじゃない」
 誰との電話だろうか。ずいぶんと彼女は不機嫌なようだった。
「……知らないわよ、そっちの都合なんて。だったら、塾にでも学校にでも隙に電話でもしたら!? 自分の娘がきちんと出席していますかって。自分の放任を棚にあげてね!」
 声はまだしばらく続いていた。
 彼女は不安定だ、と僕は思う。気まぐれ、と言うべきか。陽気で朗らかにしゃべっているかと思えば急に怒り出す。饒舌にしゃべっていたかと思えばふとまるで電池が切れたかのように黙りこむ。女の子という存在はそういうものなのだろうか、と僕は考えた。
 ただ少なくともこの半月ほどの付き合いで、僕は彼女のことはだいぶ知ることができたので、階下に降りることにした。彼女は感情が昂り怒鳴り散らしたあと、ひどくそれを後悔してまた不機嫌になると知っていたから。
 一階のリビングに降りれば、件の電話は終わったあとのようだった。僕が降りてきたことに気づいたようだけど、彼女はソファに身を沈め、クッションを抱きしめて僕を振り返ることはせずにテレビを睨みつけている。
 テレビの中ではカラフルな服を着た人たちがなにやら騒ぎ、笑っていた。
 僕はキッチンに向かった。
「美帆さん、お茶を淹れてもいいですか?」
「…………」
 返事はない。
 僕は勝手に二人分の紅茶を淹れることにした。彼女に拾われて、この家に住まわせてもらうことになったとき、彼女は「なんでも勝手にしていい」と言ったのだ。
 彼女は心優しい。
 ときどき悪ぶって命令がちに物を言ったり癇癪を起したりしても、その面倒見のよさは気まぐれというより生来の優しさなのだと僕は想う。
「どうぞ、美帆さん」
 二人分の紅茶を淹れて、僕は彼女の目の前のローテーブルにティーカップを置いた。床に膝をついて、クッションに顔を埋める彼女の顔をそっと窺う。
「美帆さん?」
「ハル、」
 覗きこむように見やれば、彼女が恥じらい気味に眼差しをあげた。その瞳は、涙で微かに潤んでいて──。
「────」
 どきりと心臓が跳ねた。
 それから、え? と僕は戸惑う。不意に胸を打たれた──その理由が分からなかった。もう二週間近く彼女のそばにいて、彼女が怒ったり笑ったり涙を浮かべたりするところは今までも見てきたはずなのに。


To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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