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 朝靄のかかる、汚い露地裏。
 仲間の気配──匂いを追って最初に辿り着いたのは、大都市の片隅、乱立するビルディングの隙間だった。そこから先の行方を私たちはすっかり見失い、仕方なくあたりの路地をくまなく探しまわっていた。
 私たちは概して人の集団の中にはいられない。一人でいる可能性が高かった。だからなるべく人目につかないようなところを見て回る。そのうちにふと足を踏み入れた路地裏で、ふっと私は既視感に捉われていた。
 その狭い細道の奥を眺めて、
 ……もちろんここは雪になんか閉ざされてはいない。飢えなんて言葉も程遠い。時間も場所も環境もまるきり、あまりに遠く違う。だけどここも、誰の目も届かないような、寂しく冷たい街の外れだ。
「──セシル?」
 間近で名前を呼ばれて、私はゆっくりと隣に立つ黒いスーツを振り返った。私の心の中のちょっとした変化にさえ気付いて、彼は不思議そうに首を傾げて、見つめてくる。
 アーチィ。
 あのときあそこで出逢った、なによりも大切な存在だ。
 私の悪魔。
 私は少しだけ笑んだ。
「なんでもないよ、」
「……そう?」
 疑わしそうに、心配そうに顔を覗き込んでくるアーチィの鼻の頭を私は指先でぴんと弾いた。……彼の不安が、なにに向けられているのか私はよく分かっている。けれど私はそれを故意に無視して、ただなるべく彼の不安を取り除くよう笑んでみせた。
「……少し、昔を思い出しただけだよ」
「昔?」
「君と始めて逢ったときのこと。──こんな路地だったと、思って」
 双子の姉の身体を抱き締めながら見上げたら、君がいた。君は泣きながら、笑ったんだ。
 よく覚えてる。
 それは、私という存在が生まれた瞬間。──天使の〈形質〉を持ちながら人間として生まれた私が、物質との契約を破棄し肉体を捨てて、〈魂〉と呼ばれるエネルギーの塊そのものとなった瞬間だ。
 そう、私たちもはじめは人間として生まれる。魂を膜のように包んで形づくる〈形質〉を持って人の子として生まれ、やがてそれぞれに〈覚醒〉をして肉体を捨てる。だから人間がどういう存在なのかも良く分かっていた。
「そう? ……あそこはもっと冷たくて悲しい場所だったよ」
 アーチィは私の言葉にそう顔をしかめてみせた。
「あんなところに君がいなくちゃいけなかったのかと思うと、今でも胸が灼けつく。すぐに見つけられなかった自分が腹立たしいよ! あんな街、焼けてなくなっちゃえば良かったんだ」
「過激なことを言うね、」
「当然だよ!」
 その街は確か、大規模な戦争が起こったとき、その国の革命と暴動の中心となり、一時的に荒廃したはずだ。私がその地を離れてから、しばらくしてからのこと。……今ではもう数十年以上前のことだ。
 私は変えられない過去にさえ憤る彼の想いに、心地よく満たされる。そっと手をのばし、唇を噛み締めるアーチィの頬に触れた。
「それでもあそこは君と出逢えた場所だ。だから私は今でもあの街が残っていてくれて、とても嬉しい」
「……セシリィがそう言うなら、いいよ。僕もあの街が残ってることを嬉しく思うことにする」
 子供っぽく言い張った彼の頬を、そのまま軽くはたくようにして、私は気持ちを切り替えることにした。──思い出話をするために、ここにいるわけじゃないのだ。
 促して、改めて二人で路地を振り返った。
「このままじゃあ埒があかないな、アーチィ」
 うんと彼は頷く。
 状況が行き詰っているのは明らかだった。
 無断で地上に降りて姿を消した私たちの仲間、シヴァージ。彼が地上に降りた場所は分かっている。けれどそれまでだ。……仲間同士なら本来、〈匂い〉で分かる。なのに私たちは彼の〈匂い〉を追いかけることができなかった。その先、どこに行ったかは分からない。たぶん肉体の契約を結んだのだろう。
 通常、〈魂〉そのままの存在であり〈エネルギーの塊〉である私たちは、そのまま地上に長居すれば、世界に歪みを生じさせかねない。そのため、もし仕事があってしばらく地上にいなければならない場合、私たちは肉体の契約を結ぶことがある。契約を結べば、匂いは肉体のプロテクタに阻まれて、分からなくなる。
 ──もし、シヴァージが肉体の契約を結んだなら、私たちには彼を見つける手立てがなかった。
 アーチィは路地に目をやり、それから空を見上げる。そして私を振り向いた。
「……なら、おびき寄せる?」
「そうだな、」
 それも悪くない、と返してから、いや、と私は考え直す。
「──それしかないな」



To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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