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   4 セシル



 ……初めて逢ったときのことを、よく覚えている。
 雪に閉じこめられた街の片隅だった。建物と建物の隙間のような路地で、板を地面に敷いてそこで膝を抱えていた。もうぼろぼろになった大きさの合わないコートの衿をしきりにたてながら、二人で身体を寄せ合う。
 寒かった。お腹もすいていた。……もうどれだけまともな食事をしていないだろう。一昨日の朝、料理屋の裏のごみ置場で見つけたかじりかけのパンを、二人で分けてそれから。
 時折、寒くてもなにかを口に入れずにはいられなくて、路地の奥に積み上げられた雪山の、更にその上に降り積もった新雪を食んだ。
 頼りになるのは隣の温もりだけ。だけどもう二人とも身体は冷えきって、今朝から動く気力もなかった。互いに抱き寄せる身体さえもう冷たい。
 おなかがすいた。なんだか目眩がしそう。
 昨日も一昨日もお金を稼げなかった。雪のせいだ。せめて雪が降っていなければ、街にお金を稼ぎにいけるのに。一昨日から続く雪は止みそうにもなく、たとえ冬でも賑やかなはずの歓楽街さえも静かに雪に埋めていた。外を歩く人影さえもまばらで。
「……セシリィ」
 不意に腕の中の半身が私の名前を呼んだ。フードから覗く白銀の髪が半ば凍り付いていて、慌てて私は彼女の髪をかきあげ、冷えきった白い頬を撫でさすった。
「どうしたの、」
「……なんか眠いよ、私」
 見上げてくる目がとろけて、重そうに何度も瞼を瞬かせている。
「ダメ、よ。ダメ、寝ちゃだめ」
「でも、眠い……だってもう、夜」
 うつろな眼差しでそう訴えかけてくるその顔が自分と同じものなのだと分かっているから、つられてまるで私の方まで眠くなってきてしまう。
「夜だからダメなの。朝になったら、少し暖かくなるから。雪も止むかもしれないから。だから我慢しよう?」
 今寝たら、明日は起きられないかもしれない。
 寒いままで。お腹がすいたままで。自分と半身以外は誰もいないなかで。
 腕の中の半身はもうすっかり睡魔にとらわれようとしていた。うつらうつらとしながらそれでも私の身体を引き寄せようとする腕を見て、急に泣き出したくなる。
 二人で生まれてきて、二人で生きてきた。親を失い、親戚に捨てられ、浮浪者になって身体を売ってとにかく一日を生き延びて。
 ……ああでも今日を乗り切ったところで、この先、二人でどこにいくというのだろう。
「シア、シア。ねえ起きて。ねえ」
「……でも、眠いの」
「────」
 このまま眠ってしまえば。
 そんな甘美な誘惑が心の隙間に入り込む。
 このまま二人でここで眠ってしまえば、それでもう寒さも空腹も惨めさも苦痛も辱めもなくなる。そう、もうなにもかもから解放されて──。
 ああ、なんだろう。冷たい煉瓦の壁に当てた背中が、熱い。気のせいかな。それとももう夢を見ているのだろうか。二度と目覚めることのない夢を。腕の中の半身と同じように、目を閉じる。
 ……もういい。もう寝てしまおう。もう終わりにしよう。
 そう思った刹那──。
 ふわっとした感触が身体を包み込んで、私はきょとんと瞼を開いた。すごく暖かい空気が、突然頬を撫でた。まるで春の陽光が急に射してきたみたいに。
「…………」
 顔を上げて、目を瞬かせる。腕の中の半身はそんな感触に気付いていないみたいに微動だにしない。でも大切なその存在さえ、忘れた。
 ──まるで雪や風や他の全ての厳しさから守るように、不意に覆いかぶさってくる姿があった。初めて見る顔なのに、懐かしかった。黒いコートに黒い大きな翼。
 目が合って、微笑まれる。
 太陽だと思った。
「……やっと、見つけた」
 呟き。
 泣きだしそうな笑み。
「ずっと、探してた。……僕の、」
 私は目を閉じた。全身から力が抜けて、私は彼の腕にためらいなく身を委ねる。
 ……背中が熱い。沸騰しそうなくらいに、熱い。
 彼の腕がそっと伸びて抱き締められた。痛いくらいの抱擁に、胸が切なくなる。そして私は一瞬のうちで理解した。この温もりだ。この優しさだ。この存在だ。……凍てつく闇の世界から私を救い出す、私の黒い太陽。
 私の、光。
 熱い囁きが耳に落ちた。
「もう離さない。僕の、天使──」



To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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