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 あたしは一番、幸せになりたいの。
 誰かと比べるなんて馬鹿みたいだって、きっと陽菜なら言うんだろうけど。誰かと比べるとか、そんなことはどうでもいい。ただ本当に、本当に一番、幸せになりたい。そう思うだけだ。
「──原嶋」
 塾の授業が終わって、荷物をまとめるとあたしはすぐに席を立った。他の生徒は質問だとか調べ物だとかでぐだぐだとたむろっている。あたしはそんな人たちの脇を抜けて、廊下を出てすぐに玄関に向かう。
「おい、原嶋!」
 背中に呼ぶ声が聞こえたけれど無視をした。
 だってハルが待っている。
 外で、約束通り。
 ハルはきちんと待っていた。塾の入っている雑居ビルを出たすぐ目の前、歩道と車道を仕切るガードレールに座っていた彼が、あたしに気がついて腰をあげる。
「ハル!」
「原嶋!」
 あたしは立ち止まった。声は出口まで追いかけてきていた。あたしは一瞬のうちに考える。どういう表情をするのがいいだろう。むっとした顔? とびきりのつくり笑顔? ……だけど背中を振り向いたとき、結局あたしはなんの感情も抱けずに無表情になっていた。
 追いかけてきたのは塾の講師だ。
 本村悟。大学生のときからバイトで講師をしてて、大学院まで行って、でも就職に失敗してそのままこの塾に残った、くだらなくて冴えない男。
「……なんですか?」
 問い返すあたしの後ろにそっとハルが近付いてきたのは分かった。
 本村悟は出口で一度足を止めて、それからゆっくりと近づいてきた。怒っているような、困ったような、情けない顔をしている。そういうのをあたしは優しさと勘違いしてしまったのだ。
「……模擬試験の申し込み、まだだろ。締切、今日だぞ」
 そんなこと!?
 あたしは苛立った。そんなことを言うために追いかけてきたのか。ぎゅっと制服のスカートの横であたしは拳を握る。
「すいません、先生。うち、今、親不在なんで申し込みできないんです」
「受験料の払い込みの締切はまだ余裕あるから申し込みだけでも、」
「すいません、先生!」
 あたしは本村悟の言葉を遮った。それから振り返って、戸惑いがちに一歩後ろであたしを待っていてくれたハルの手を握る。
「夜も遅いんで! あたし帰ります。──ハル、行こ!」
「美帆さん?」
 手を引いたら、ハルは戸惑ったように、あたしと本宮悟を見比べた。
「おい、原嶋! おまえ──」
 その男、誰だ。
 そんな言葉も言えずに、本宮悟は口をつぐむ。ああやっぱりダメだ。この人じゃダメなんだ。あたしは本気でうんざりして、聞かれていないことに答える必要なんてないから、なにも言わないことにした
 ただハルを引っ張るようにして歩き出しながら、あたしは少しだけ後ろを振り返って言った。
「本宮先生、さようなら」
 そのあと本宮悟がどんな顔をしたかなんて知らない。


To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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