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   3 良いこと探し



 良い〈拾いもの〉をしたな、とあたしは思う。
 声をかけたのは気まぐれだった。駅の構内や周辺にはときどき浮浪者がいたし、そういう人たちには近寄らないほうが賢明なのは当たり前だったし。いつもだったら無視する、というか気にも止まらない存在だ。……だけど不意に彼が目に飛び込んできたのだ。
 人の通らないような狭い路地で。
 ビルの壁に背中を預けて。
 ……まるで祈るように空を仰いでいた。
 普通の浮浪者じゃないのが一目で分かった。彼には不思議な生気があった。諦めていなかった。小綺麗にしていただけじゃなく、その容姿が淡麗だっただけじゃなく、なんだかとてもきれいに見えた。
 だから、あたしは〈彼〉を拾った。
 〈良いこと〉も探していたし、ちょうどよかった。
 男の人だとは分かっていたけれど、第一印象から、なんだかいつも拾っちゃう犬や猫と同じ感じがして、身の危険は感じなかった。〈彼〉──ハルは性の匂いがしないのだ。中性的とも少し違う。どんな男でも身体の奥底に持っている動物的な欲を彼は持ってない。実際、彼を家に持ち帰っても、彼はそんなそぶりを一切みせず、あたしはああやっぱりね、と思っただけだ。
 ハルは静かだ。とても大人しい。
 あたしが話しかけないかぎり、ほとんど自分からは話かけてこないし、同じ部屋にいたとしてもまるで気にならない。でも、彼は〈いる〉。気にはならないけれど、確かにハルはあたしのそばにいて、穏やかな存在感で包んでくれていた。

「──ハル!」
 学校の玄関を出て、校門までの短い距離を歩いている途中でその姿に気づいて、あたしは彼の名前を呼んだ。それに驚いたのは一緒に歩いていた、ありさと陽菜だ。あたしの視線を追いかけて、校門そばに佇むハルの姿を見つけてさらに目を丸くする。
「ええ?」
「ちょっ、あれ、誰よ? 新しい彼氏!?」
 うわ美形!と唸ったのはイケメン好きのありさで、アジア系?と呟いたのはお堅い陽菜。ふふんとあたしは得意げになる。
「彼氏じゃないよ。そうねえ、ハルはあたしにとって猫みたいなものかな?」
「ねこぉ!?」
 大声で問い返してきたありさを無視して、ハル! と手を振れば、彼は静かに微笑む。それを見て陽菜が露骨に顔をしかめた。
「……相変わらず節操ないのね」
「陽菜!」
 悪意のにじんだ言葉に、あたしよりありさが慌てた。あたしは陽菜の言葉を無視する。
 あたしとありさと陽菜が中学からの付き合いで。なんとなく高校入ってからも一緒にいるけど別にすごく仲がいいわけでもない。
 今だってそう。どうせ陽菜はうらやんでいるだけだ。男と付き合いたいくせに、そのお堅い性格が邪魔してそうはできない。あたしやありさが彼氏をつくるたびに、どんな男か聞き出して非難する。陽菜を止めたありさだって似たようなものだ。自分から好きになる男がどいつもこいつも最低なヤツで、いつだって人の彼氏を羨み、狙っている。
 ……女の子の社会はいつだって甘ったるい空気の中に緊張感を漂わせているのだから。
「迎えにきてくれてありがとう、ハル」
 ハルのもとにたどりついてすぐ、あたしはハルの腕に飛びついた。
「こんにちは。美帆さんのお友だちですか?」
 ハルはあたしに連れ立ってきた二人を見て会釈しながら、丁寧にそう笑いかける。ハルはどこまでもまっすぐでいい人だ。ありさが陽菜を押さえるようにして前に出た。
「こんにちわぁ、あたし、ありさです。美帆の中学からの友だちでー」
「……市川陽菜です」
「陽菜も中学からの友だちなの。──彼は、ハル。拾ったの、道端で」
「はあ!?」
 猫かぶりを放り出してありさが問い返してくる。陽菜までぽかんとした顔をしていた。だけどハルはにっこり笑う。
「はい。美帆さんに拾ってもらいました」
「ちょっ……美帆っ、美帆! 拾ったってどういうこと」
「路頭に迷ってたから助けてあげたのよ」
「……あんたまさか家にその人連れ込んでるの!?」
 と耳元に大声で囁いたのはありさ。連れ込んでるなんて下世話な言い方だなあ。
「だって行くとこないって言うんだもん」
「あんた、親は……っ、」
 言いかけて、あたしの親が今ふたりとも家にいないことを思い出したのだろう、ありさは言葉を失う。
「……いい加減にしなさいよ。あんた前にそれで親にぶん殴られたの忘れたの?」
 と厳しい顔をして陽菜が言った。陽菜は近所に住んでいるから、そういう家族のいざこざも嫌になるほど詳しい。
 もちろんあたしもそれは忘れてない。前に親に内緒で部屋に彼氏を連れ込んで二週間住まわせたときは、父親に平手で殴られて棚に頭を打って血を出したし。その隣で母親は号泣したし、大変な騒ぎだった。……まったく、あんなときだけ親の面をかぶって、三流ドラマを演じられても、うんざりするだけだっていうのに。
 ふと嫌なことを思い出させられて、あたしは顔をしかめた。
「だってハルはそんなんじゃないもん。それに行き倒れてたの助けてあげたんだよ。良いことだと思わない?」
「美帆!」
 どこかヒステリックにそう呼んだありさの横で、やっぱり陽菜は顔をしかめていた。
「まさか、美帆、〈良いこと探し〉してるんじゃないでしょうね」
 さすが幼なじみは察しが良い。黙って答えないあたしの反応で、そうだと分かったのだろう。いっそう彼女は顔を歪めた。
「バカバカしいことやめなよ。あんなの単なるデマでしょ。噂でしょ。バカみたい!」
「……バカでいいし」
 むっとしてあたしは小さく呟いた。陽菜はつくりごとを厭う。嘘をつかれるのが──騙されるのが大嫌いだ。だから彼女は流行だとかに踊らされないし、バカにしている。
 ……でもあたしはバカでもいい。
 貶されても軽蔑されてもそれでもいいぐらいに欲しいものがある。
「あ、あたし、今日、塾だから。先行くね」
 あたしは一方的に彼女たちとの話を打ち切った。
 ハルの腕を引っ張って、二人を置いて先に歩きだす。学校から駅までの通いなれた道をハルと腕を組んで歩きながら、心配したのはハルの方だった。
「……いいんですか。一緒に帰らなくて」
「いいの! 今日はハルをみせびらかしたかっただけだから」
「僕を?」
 なぜ? と聞いてきたけどあたしは答えなかった。どうせハルは自分の美醜にとことん疎いから分からないに違いない。ハルはどこからみてもイケメンだったし、清々しくてまとってる雰囲気からきれいで、そこらへんに落ちてる男なんか比べ物にならない。
 戸惑うハルの腕を引いて、私は前を急いだ。
「いいから、行こう。塾、遅れちゃう」
 そう。
 見せびらかしたいところは他にもあるのだから。


To be continued

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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