上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 彼女は僕をハンバーガー屋に連れていき、そこで僕の素性を──といっても記憶のない僕には殆ど話すことはなかったのだけれど──聞いたあと、電車に乗って大きく広い家に僕を連れていった。
 外から見た彼女の家は大きく真っ暗で、どこか寒々しかった。物々しい玄関の扉を開けて、彼女はどうぞと言って僕を招き入れた。彼女はさっさと中に入って、玄関からリビング、ダイニング、キッチン、階段とまるで手当たり次第に明かりを点けていく。
 僕は履いていた靴を脱いで、彼女の家の床を踏んだ。
 途端に、足元から、にゃあと言う声がする。
 猫だ。全身綺麗な黒色をした猫と、白猫に、ぶち模様の猫の三匹が洗面所や階段下などどこかしらから顔を出してくる。
「──あ、それも拾ったの。犬も一匹いるんだよ。ね、こっち」
 玄関間の少し先にある磨りガラスの扉の方からそんな声がして、僕は足元に猫をじゃれつかせながらそちらに向かった。中は一続きの広いLDKだった。入って左手に広いリビングが広がり、カーテンの開いた大きな窓の向こうには広い庭が見えた。
 皮張りのソファ、整然とグラスなどが並べられたキャビネット、大きなテレビ。立派な家だ。
「コーヒーがいい? それとも、紅茶?」
「……どちらでも僕は構いません」
 彼女はキッチンからそう明るい声で尋ねてくる。
 どちらかといえば小柄な子だった。高校二年生なのだという。間近で見れば、笑顔が人懐っこく、きれいというよりも可愛い女の子だった。
 原嶋美帆、と彼女は名乗った。だから僕は呼びかける。
「美帆さん、」
「呼び捨てでいいよ。どう見たってあなたの方が年上なんだから」
「……美帆さん。この家に、あなたひとりで住んでいらっしゃるのですか」
 リビングの入り口の観葉植物の前で立ち尽くしてそう尋ねた僕を、彼女が硬い表情で振り返った。キッチンのカウンターを挟んだ向こうの彼女が遠い。
 彼女は僕を見てから、にこりと笑った。
「父親がここしばらく単身赴任で、今は母親が二ヵ月の海外出張なの。おかげで自由に暮らしてるんだ」
「こんな広い部屋に……」
「ねえ、」
 呟いた声を遮るように彼女は呼んだ。盆にカップを二つ並べて、キッチンを出てくる。
「座ったら?」
「……失礼します」
 こういうとき僕はどうすればいいのかが全く分からないのだった。彼女の言われるとおりにリビングのソファに腰をおろす。彼女は大理石でできたローテーブルにお盆を置いて、僕の座っているソファの斜め前の一人用のソファに腰を下ろした。僕にカップの一つを勧めながら僕を見て、またにっこりと笑う。
 僕も微笑んでみた。
「ねえ、記憶、ないんだよね」
 彼女は前置きなしにずばりと核心を口に出す。
「はい」
「頭とか打ったあととかないの? それともクスリのやりすぎで、とか」
「さあ。……ああ、いえ、多分そう言うのではないと思いんですけど」
「……けど?」
 僕は彼女の質問に丁寧に答えた。彼女は静かに聞いていた。
「僕はもうずっと昔から大切なものを探しているんです。それだけはきちんと覚えているんです。僕はそれなしでは生きていけなくて、それも僕を待ってるんです。……だから今の僕が記憶を失っているのは、多分、それと出逢うためなんじゃないか──と、そう思うんです」
「……よく分かんない」
 あっさりと彼女はそう言って、カップのコーヒーに口を付けた。物怖じもせず僕を家に引き入れて、こんな僕の話を聞いている彼女のことの方こそ僕にはよく分からなかったけれど、口にはしなかった。彼女は長い髪を細い指でかきあげる。
「なんてゆーか、なんか、観念的な話だね。でもあたしはそういうの分かんない。とにかくさ、当てはあるの?」
「……いえ」
「あなたの大切なものってなに?」
「……分かりません」
 僕は正直に答えていた。さすがにそのときは彼女もカップを唇から離して、きょとんを目を丸くした。

To be continued

----------
にほんブログ村 小説ブログへ

ブログランキング・にほんブログ村へ


FC2 Blog Ranking
 
Comment






(編集・削除用)

 

管理者にだけ表示を許可
Trackback

http://smallgrass.blog3.fc2.com/tb.php/54-665c6805
プロフィール

水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。