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 全てが感覚から遠退いていた。緩やかな波のなかのように、穏やかで静かな光に包まれて、全てが遠い。
 聞こえているはずの声も、見えているはずの映像も、感じているはずの強大な力の存在も……遠い。水江は全てを拒絶するように自分の身体を強く抱き込む。
 ──覚醒を。
 促す声は身体の奥深くまで貫くように鋭く刺激する。
 ──覚醒を。
 水江は身体を丸めるように縮める。
(……もう、どうでも、いいよ)
 すぐ傍にいるはずのシアの声が遠い。世界から遊離して、無重力で浮遊する雫のように頼りなく、どうしようもなく軽く感じる存在のなさ。
(だって仕方がないよ、最初から)
 言葉が浮かれてふらふらと。
(最初から、そう決まって)
 ──最初っから全部あきらめたら何もできないだろ! あきらめるな!
 水江は小さく丸めた身体のなか、ふと目を見開いた。なにかを根底から揺さ振る声がある。力強く、粘り強く、訴えかける声が。
 ──あきらめるな!
 ──あきらめるな!
 水江は自分の手で耳を塞いだ。塞いでもなお聞こえてくる声が、身体の中をかき回していく。
 ──投げやりにはなるなよ。
(だって)
 分からない。自分はずっとどうしたかったのだろう。何を望んでいたのだろう。嫌われないように、捨てられないように、受け入れてもらえるように、笑って──壁を。
(だって、俺は……)
 ここで終わる。
 全てが。
 水江は苦悶するように指を這わせて頭を抱える。身体を縮め、胸の中をかき乱す感情をやり過ごそうとしてもなお溢れだす、抑えられない想い
(……、くない)
 ここで、全てが、終わったら。
(、ない。……めたく、ない)
 手の中から擦り抜けていく存在。届かなくても、通じなくても、仕事だとしても、嫌われても、……好きだから。
 好きだから。
 ──好きだから!
 水江は沸き上がる衝動に耐えられずに、ただ叫んでいた。まるで悲鳴のように。まるで嗚咽のように。
 まるで祈りのように。
「──いやだ! あきらめたくない!!」
 ドン! とその瞬間、強大な力で隔絶されていた白い世界が弾け飛んだ。世界に含まれた異物を瞬時に感知して、内部から破裂したのだ。
 途端に、水江は硝子の割れるような音とともに、背中の熱が霧散するのを感じた。
「──ッ」
 生と死の使いであるよっつの存在は、共感する最期の痛みとともに愕然とその崩壊を見つめた。……今、彼らの仲間である天使がひとり確かに死んだのだ。
 翼が、折れて。
「水江!」
 共鳴する天使の最期の痛みに耐えながら、シアは慌てて力なく倒れかかるその目の前の身体を抱き留めた。
「そんな、どうして、水江……!」
 声は動揺に震え、抱き留めた身体を驚愕と悲しみの眼差しで見下ろす。その倒れ伏した水江の指が縋るようにシアの腕を掴み引き寄せて、反対に水江の腕がシアの身体を抱き締めた。
「……あきらめたくない。あきらめたくないんだ、絶対に。離したくないんだ!」
 シアは言葉さえ失い、水江を見つめる。
「いやだ、醜くてもずるくてもどうしても欲しいんだ。絶対にあきらめたくない、……好きなんだよ!」
「……そんな、水江さん」 
 打ちのめされたように重くそう呟いたシアの声を遮るように、もうひとりの天使が翼を広げながら宣言した。
「天使の形質はその効力を失った! 彼は人間の道を選んだ! シア、君の仕事は終わった、帰還だ。──記憶処理を」
「記憶の処理を」
 同じように悪魔が羽根を広げて地上から離れる。その一対の存在を、シアは隠しようのない動揺に顔を歪めて見上げた。
 シアの守るように赤い悪魔がもう一組の生死の使いと対峙する。
「できないなら、私達が」
「──俺がする。おまえらは早く去れ。おまえらのしているのは明確な業務妨害だ、罰されるぞ」
「罰されるのはどっちだか。人間の子供になんぞいれあげて理性を失い、いくつもの規律違反をした君の相棒の心配はいいのか、レイ?」
「去れ、セシル! アーチィ!」
 直接名を呼び、命じる強い言葉に逆らうことは難い。一対の白と黒は互いに不愉快そうに顔をしかめると、ふっと一瞬で地上世界から自らの存在を消失させた。
 刹那、人知の超えた力の消失に大地が鳴動し、やがて静かな夜が帰ってくる。
 静寂という夜の闇が落ちる。赤い髪の悪魔は、その闇に優しく落ち着いた声を忍び込ませた。
「……シア、君は失敗したんだ。彼らの記憶の処理をして、帰還だ」
「私は、……」
 頼りなく唇から洩れる声に、悪魔は首を振る。そっとシアから離れ、彼は羽根を広げると僅かに地上から浮き上がった。
 静かに彼の姿が闇に溶け込むように消失する一瞬、悪魔はただ一言を自分の相棒に残した。
 全てを許す言葉を。
「……君に、任せるよ」
 そして彼のまたその場を退場した。


「記憶の処理……?」
 その余りにも不吉な言葉に水江は顔をあげて腕の中をシアを見つめた。シアは淡い色をした眼差しを細めて、無言で水江を見つめ返す。
 その瞳は、まるで。
(涙の色)
 はっと水江は目を見開く。その瞬間ようやく水江は理解した。僅かな疑念は、朧気な想定は正しかったのだ、と。
 シアは間違いなくあのときの天使なのだ。
 そう気づいたと同時に言い知れない恐怖が背筋を這い昇った。あのときと同じなら、同じようにまた、記憶が。
 水江はシアの腕を掴む指に力を込める。
「──いやだ。いやだ!」
「……あなたは選んだ。だから」
「絶対にいやだ!! 忘れたくなんかない、一緒にいたい、傍にいたい!」
 水江の悲痛なまでの訴えに、シアもまた苦しそうに眉宇を寄せる。腕をのばし、水江の身体を抱き寄せながら、シアは目を伏せた。
「……だから、望んだのに。あなたが、天使であれば、よかったのに……!」
「そんなの……っ」
 あの悪魔がいる限りはそれさえ許せないほどに、欲しかったのだ、彼が。
「好きだよ、好きだよ、好きだから」
 祈るように何度も水江は呟く。シアはたまらず、強く水江の身体を抱き締めた。
「……でも、あなたはもう」
「人間だからなに? シアを好きになる権利もないの? 覚えてる権利さえないの!?」 
 シアは小さくかぶりを振る。
「それが掟だから、仕方がないんです」
「仕方ないなんて! シアが天使で俺が人間だからなんだっていうんだよ! 一緒にいたいんだ、好きなんだっ!」
「もう逢うことも、ない……」
「シア!!」
 互いに抱き締める腕は痛いほどに強い。抱き締める力を緩めずに、シアが僅かに身体をずらした。水江はシアの顔を見上げる。
 その果敢なく美しい顔は水江を見つめて、そっと微笑んだ。
「シ、──」
 咄嗟に呼びかけた言葉を奪われる。
 彼の唇に。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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