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   7


 背中が、熱い
(燃えてる、みたい)
 ぼんやりとした頭で水江は背中の熱をそんなふうに考える。
 白い穏やかな光と優しい声と、苦痛ではない背中の高熱に包まれていると、全てが混沌としてどうでも良くなっていくようだった。優しく残酷な混乱と恍惚のなかで、水江は自・分がまるで水の雫のように透明で頼りなく落ちていくのを感じていた。
 暗い深淵へ、落ちていく。
 戻ることのできない、二度と帰ることのできない、底へ落ちていく。
 それはきっと。
(……ひとり)
 そんな名前をした果てのない深み──。
(仕方がないから、どうしようもないから)
 そうやって一粒の雫に成り果てるのだ、そう水江が恍惚のなかで思ったとき。
「──ッ!」
 不意になにかが揺さ振った。
 水江ははっと目を開ける。
 見えるものは、ただ白い光ばかりだ。包み込む白い腕と、白い翼と、それから。
「水江ッ、……水江!」
 声は、聞き覚えのある声だ。中学一年の時に一緒になってから今までずっと傍にいた、一番近くにいた、親友の。
「……、や?」
「なんなんだよっ、これは! 水江っ、説明しろッ! 水江、聞いてるのか!? 郁、無事だったんだぞっ、分かったか? 無事だったんだ、問題ないんだよ! だからッ」
 ──真也の。
 そう気付いた瞬間にはっと見開いて振り返った視界のなかに、白い世界の外から喚き叫ぶ親友の姿を水江は見付けた。
「水江、なんで……っ。なにがさよならなんだよ、ふざけんなッ。わけ分かんねえんだよ! 全部きちんと説明しろっ、俺だってきちんと話すから全部話すから、水江っ、説明しろォ!!」 
「…………」 
 混沌の中で彼の声だけが鮮明に届き、穏やかな空間を揺さ振る。激しく、必死で、力強く、揺り起こす。
(……なんで、真也)
 ぼんやりと浮かんだ疑問を水江が口にするより先に発された声があった。
「──説明は、不要だ」
 男の声だ。赤と黒の交じったどこか不吉な色の髪をした、あの悪魔の、声だった。
 瞬きをする一瞬の間に、まるでシアと彼の腕に抱かれる水江を守護するように、その背後に悪魔が地上に現われていた。
「おまえはこの間の!」
「説明は、不要だ」
 激昂する真也をその冷ややかな眼差しで見下ろして、悪魔はそう告げる。
「彼は、澤水江は、今日この場で消える。二度とおまえの前に姿を現すこともなく、記憶にも残らず、地上から消える。説明など無意味で不要だ」
「わけ分かんねえんだよ! おまえに聞いてないんだよッ、答えろ、水江!」
 聞こえているのに、叫び喚く姿も見えるのに、水江は何も言うことができなかった。白い光が陶然と、意識を虚ろへと導く。
「答えろッ──水江!」
 しつこい真也の声に、悪魔は苛立たしそうに返した。
「分からないのか? こいつはおまえとは違うんだ、もう人間をやめるんだよ!」
 悪魔の声に、ぼんやりと水江は頷く。
(そう、俺は)
 声は小さく果敢なく唇から洩れた。
「……違う、から。俺は、異端だから、異質だから、おかしいから。仕方が、ないから」
 だから、全てをやめるのだ。
 そう水江が告げたとき、真也の声は激昂に擦れた。
「ふざけるなあっ!」
「……真也、」
「異端だから? おかしいから? 他人と違うから? ──馬鹿なこと言ってるんじゃねえ! おまえが異端だって、普通じゃないって、誰がそんなこと決めたんだよ!」
 血を吐くような激しい叫びに、水江はただ首を振って答える。
「……だって、違う」
「違わない!! 俺はおまえのこと普通じゃないなんて思ったことない! おまえはそうやって自分から異端になろうとしてるんじゃないか! そんなんだからいつまでもおまえ自身が普通になれないんだろっ」
「……もういいよ、放っておいてよ」
 返す声にさえもう力はなく。
 真也の声は憤ろしく、震えた。
「そうやって! いつだって壁を作ってるのは水江のほうだろ。いつも何も言わないで、なんでもないよって、それじゃあ俺達おまえのために何してやれるって言うんだよ!! 最初っから全部あきらめたら何もできないだろっ! ──あきらめるな!」
 真也がそう叫んだ瞬間、白い光が激しく弾けた。
 圧倒的な力が水江とシアを中心に爆発的な勢いでその空間を支配する。現実世界にはありえない人外の力に、大地が大きく揺れて風が吹き荒ぶ。
「ッ!」
 突然の衝撃に真也は吹き飛ばされて、公園の周りをぐるりと囲む柵に強く身体をぶつけていた。
 はっとそのとき初めて、水江の身体をその翼で包んでいたシアが顔をあげた。殺意さえ煌めく鋭い視線を空中に投げやれば、そこには人為を超えた巨大な力の発動者たちが壮絶な美しさでもって立ち現われている。
 二つの凄惨なほどに秀麗な、存在。
 眩しく広大な光を抱く白と、底のない深淵の闇を纏う黒の。
 シアは自らの半身とその相棒たる悪魔を呪わしく睨みつけた。同じようにシアの守護者のごとく佇んでいた悪魔も、不愉快を面に現して彼らを見やる。
「邪魔を、」
 強く噛んだ唇の隙間からシアはそう声を絞り出した。
 だがシアの同じ顔をした天使はシアとその腕のなかの存在を無表情に見下ろして、口元に酷薄な笑みを浮かべると、ただ一言短く告げた。
 相棒の悪魔と声を揃え、一言。
「──覚醒を」

--To be continue--
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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