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 全てが収束していく。
 結局はそうなのだ。もうどうにもならないぐらいにそうなのだ。
(俺は──) 
 もう二度と帰ってこれない。
「──えっ、水江!」
 はっと水江は目を見開いた。全てを一瞬たりとも逃さずに見ていたはずなのに、水江はそのとき我に返って改めて目の前の状況を見なおしていた。
 暗闇のなか僅かな外灯の明かりに浮かびあがる、ハンドルを切って歩道に乗り上がった赤い車のボディと、その傍の暗い路上に倒れ伏す二つの影──。
「水江っ、救急車だ!」
 アスファルトの道路で上半身を起こして、真也がそう叫ぶ。
 腕の中の郁は、……動いていない。
「水江!」
 衝突はしていないはずだった。
 駆け寄った真也の腕が瞬く間に郁の身体を抱き込んで歩道の方へ飛び込んだのを、水江は確かに見たのだ。衝突はしていない。
(死の声は……)
 声は、聞こえていない。
 ──死んではいないはずだ。水江は何度か目を瞬かせて、それからふらつく足で近くの電話ボックスに駆け寄った。ダイヤルを押す指が震えている。通話が繋がり、沈着な救急センターの所員と話す会話が、ひどく虚ろだった。受話器に何を告げているのか、自分で分からない。応対している自分がまるで自分でないような感じだった。がちゃんと重い受話器を下ろした音で、水江はもう一度我に返る。
「……真也?」
 電話ボックスから出れば、すでに彼は郁の身体を歩道まで運んだあとだった。赤い車の運転手も外に出て、二人の元に駆けつけている。
「真也、」
「……多分、どこもぶつけてないと思うんだけど。──郁? かおる?」
 真也は彼女の身体を抱えあげ、呼吸や心拍音を確かめると、揺らさないように彼女の名前を呼んだ。
「かおる、郁……おい、郁っ」
「……真也」
「しっかりしろ、郁! ……かおる?」
 真也の腕の中で横たわる郁はまるで死者のごとくに美しく……、水江は彼女を見下ろして身体を震わせた。無意識に一歩後退りしていた。
「水江、救急車どのくらいで来るって?」
「…………」
「──水江?」
 答えない水江を訝しく真也が振り返った。蒼白な顔をして郁を見下ろしている水江を見やって、真也は安心させるようになんとかぎこちなく頬を笑みに歪めてみせる。
「水江? ……大丈夫。郁は、大丈夫だよ」
「…………」
 水江は首を横に振った。
「……水江?」
 ただ首を振り、水江はなにかを否定する。もう一歩水江は後退りした。真也が訝しげに顔をしかめる。震えるように首を振り続ける水江の唇から洩れたのは、まるで泣きだしそうな声だった。
「……ごめんね」
「水江?」
 郁に呼びかけ気にかけながら、真也は水江から目を離せないでいる。
 ──夜の闇が不吉だ。
 その場に流れる空気が不穏だった。事故の衝撃は、誰かの身体ではなく、もっと違うなにかを確かに壊したようだった。水江は泣きだしそうな顔で真也を見つめ返す。
「ごめんね、……俺、だめだよ」
「水江、どうした。しっかりしろ! 郁は無事なんだ、大丈夫なんだよ!」
 真也の叱咤する強い声にも、水江は何度も首を振り続ける。
 もう壊れたのだ、全て。
 全て──。
「そうじゃないよ、そうじゃなくて……俺がだめなんだよ。ごめんね、どうしようもないよ。……俺がだめだったんだ。俺にそんな資格なかった。怒る資格も、一緒にいてほしいなんて望む資格もなかった。追いかけてもらうような資格もなかったんだよ!」
「水江!!」
 真也が叫ぶようにそう呼んだ。水江はそれにも首を振る。
「……俺はだめだよ、ごめんね」
「馬鹿なこと言ってんじゃない!」
 激した真也の声に、水江は叫び返した。
「俺、今、喜んだんだよ! 分かる? 郁が死ぬって思った瞬間に、その生死の狭間で、俺はそれを喜んだんだ。分かる!? 俺、おかしいんだよ、へんなんだよ!」
「水江っ」
「だめなんだよ。だって違うんだ。俺は違うんだ、真也とか郁とは違うんだ! 違うんだよ! 俺は、……ごめんね。ごめんね」
 何度もそう呟きながら、水江はゆっくりと後退りをしていく。真也は郁を抱えたまま、ぎょっと目を見開いて叫んだ。
「──水江!!」
 水江は最後まで優しい真也を見つめて、微かに微笑んだ。
 残した言葉はひとつだった。
「……さよなら」


--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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