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 覚えているのは、淡い水色の──涙の色をした透き通るような瞳と。
 白く輝く、美しい翼だけ。


     1


 雨が降っていた。
 蕭々と雨の降る薄暗い空に、幾筋もの白い煙が溶け込んでいくのを澤水江は見ていた。ゆらゆらと白い煙は揺れながら空に昇っていく。
 まるで魂のようだ、と水江は思った。
(──静謐)
 肉体から解き放たれて天上へ昇っていく魂のように、その煙は静かに純粋に汚れなく美しく天に召されている。
(無垢、そして)
 水江は顎を仰のかせ、まだ少年らしい思春期の面影を残した顔に霧雨を受けながら、そっと目を細める。雨の冷気ではなく身体が震えて、おぼつかない指先をのばして水江は自分の身体を抱き締めた。
(歓喜──)
 ……雨の降る音だけが世界を占めて。
「水江くん?」
 不意に名前を呼ばれて、水江は空を見上げていた視線を地上に戻した。濡れた髪が拍子に跳ねて、頬に張りつく。雫が落ちた。
 水江は目の前にいる喪服姿をした壮年の男の顔を改めて見やって、それから一度だけ目を瞬かせ、ああと呟いた。
「中橋さん、」
「どこに行ったかと思えば、こんなところで傘もささずに……風邪を引くだろうに」 
 中橋の声はどこか沈んでいる。すいません、と彼に返しながら水江はもう一度煙の立ち昇る空を見上げた。
(……魂が)
 水江の最後の肉親である祖父の、澤義文の煙は天上に静かに昇り、薄暗い空に舞うように溶け込み、消えていく。
 水江は目を細める。それで全てが終わるのだ、と水江は思った。
 まるで、はばたき天上に飛んでいく翼のように。
 記憶の彼方の。
(むかし見た、天使の翼みたいに)
 ……美しい翼の輪郭だけを残して去っていく。
 ただひたすら空を見上げ続ける水江を見やり、中橋は僅かに顔をしかめてみせる。
「水江くん、とにかくもう中に入りなさい」
「はい」
 水江は緩慢な動作で頷き、それから雨に濡れた黒髪をかきあげた。水を含んだ髪の先か・ら雨の雫が頬を辿り、滴り落ちる。まるで泣けない水江の涙のように。
 水江は祈りを捧げるようにしばらく瞼を下ろし、それからはっと睨みつける強さで目を見開いた。
(……魂が、)
 枷はもうない、解き放たれたのだ。



「──水江!」
 鋭く名前を呼ばれて、はっと水江は我に返った。
(ッ、)
 途端に見開いた視界に煌めく夏の陽射しが広がり、一瞬目眩を感じて水江は反射的に目を瞑った。
 集中が途切れ、走る速度が緩んだ足が少しだけふらついて、水江は慌ててしっかりと地面を蹴った。足元で厳しい八月の陽射しに灼きついて乾いた砂塵が舞う。
 グラウンドの砂が白く灼けて眩しかった。
「水江っ、部活終わったってば」
 と、先程の声にまたそう呼びかけられて、水江は走るスピードを緩めずにちらりと声の方に眼差しを向けた。そこでグラウンドの脇の水道のところに立ってこちらに手を振る友人の姿を見付けて、水江はきょとんと目を見開く。
「あ……」
 その目で辺りを見回して初めて水江は、他の陸上部員がすでに部活動を終えて片付けに入っていることに気付いた。愕然として水江は走るスピードを落とす。
(格好悪ぃ……)
 そう顔をしかめながら、すぐに走るのをやめて水江がグラウンドから引き上げてくると、一足先に顔を洗い終えたらしい先程の声の主──北山真也が、ベンチに置かれていた水江のタオルを投げて寄越してきた。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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