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   5


 いつのまにか陽が暮れていた。
 東の空から押し寄せてくる闇とともに、肌を撫でる風に僅かな冷気が交じり始める。Tシャツとジーンズがじっとり汗ばんでいて、水江はその気持ちの悪さに眉をひそめた。夜の風が汗を冷やし始めている。
(……さむ)
 身震いをひとつして、水江は汗に濡れて冷えた髪をかきあげた。
 結局、あのあとそのまま殆ど無意識に走り続け、市内を放浪し、気付けば来慣れた家の近くまで辿り着いていた。……時間はもう夜の八時だ。水江は歩き慣れた道程をとろとろと歩きながら、少しだけ悩む。
(余計な、心配かけるかな……)
 優しくて暖かくて現実との最後の楔みたいな彼らに──真也と郁に、今さら縋ろうとしている。
(こんなときだけ頼るの、ずるいよな)
 父の死も、祖母の死も、祖父の死も……そんな様々なことに平気だった。別につらくなかった。だから助けなんていらないと思っていた。そんなことで迷惑をかけたくなかった。嫌われたくなかった。──だから。
(やっぱりやめよう)
 水江は先を目指す足を止めた。すでに視界には真也の家の姿を捉えていたが、水江はそこできびすを返す。そして今来た道をまた戻り始めたときだ。
「あっ……」
 ちょうどそのすぐ先の角から水江が逢いにきた人物が姿を現わして、水江は思わず息を飲んで足を止めた。
 静けさに沈む曲がり角を照らす外灯のライトの下に彼の姿を認めてほっと息をついたのは、安堵のため息だったのか……、水江は自分でも分かりかねた。水江の僅かに洩らしたその声に気付いたのか、真也がはっと顔をあげる。
 ──その一瞬。
 確かに真也の目の奥に奇妙な色が浮かんだのを水江は見た。
「────」
「……水江?」
 まるでそれを打ち消すように、すぐ真也は驚きに目を見開く。途端に、夜の風がざわりとどこか不吉に水江の肌を撫で、水江は数メートル離れたところに立つ友人との間にできた奇妙な空間を前に口を噤んだ。
 直感だった。
 背筋を滑り落ちる、不安。──崩壊の予感。
 だがその一瞬の間を開けて水江に話しかけてきた真也はいつもどおりの真也だった。
「おまえ、どうしたんだよ、こんな時間に突然……!」
 そう言いながら慌てて水江の元に駆け寄ってくる真也の眼差しは真剣で、彼が本気で心配してくれているのだということはすぐに水江も分かった。
(……なんか、俺)
 真也の顔色まで疑う自分に嫌気がさして、水江はその場に立ち尽くしたまま駆け寄ってくる真也から視線を逸らしてうつむく。
 そのときだった。
「あれ、水江くんだっ」
 弾むように華やかな声が鼓膜を震わせて、はっと水江は顔をあげた。真也の後ろに続いて角から現われた姿が、外灯の光に眩しくあどけなく照らされる。──郁だ。
(……え? 郁?)
 思わずぽかんと水江は彼女を見やっていた。いつも三人でいるから錯覚しそうになるけれど。今日は部活のない、夏休み最後の一日で。昨日一緒に海に行った真也と郁とは、今日はなんの約束もしていなくて。……ここは真也の家の前だ。郁がいるのは不自然だった。
 え? とゆっくり水江は瞬く。
(なんかおかしい)
 心が暗く曇っていくのが分かった。……疲れているのだ。いろんなことを一度に聞きすぎて。それで、こんなふうに気持ちまでがだめになっている。
 気持ちが、もう。
「水江? どうした、大丈夫か?」
「……え? あ、うん」
 真也が水江の肩を掴み、うつむいた水江の顔を覗くようにしてそう尋ね、水江は慌てて顔をあげて笑ってみせた。そんな水江の額を真也は小突く。
「馬鹿、無理してんじゃねえよ。おまえがここまで来るなんて珍しいじゃん、……なんかあったのか?」
「水江くん? なんか、顔色悪いよ」
 すぐに駆け寄ってきた郁にまでそう心配顔で詰め寄られて、水江は微笑みながらたじろいだ。
「えっと、平気。別に、なんかあったわけじゃなくて」
 咄嗟に水江はそう答えていた。本当は十分なにかあって動揺していてここまで来たのだが、いざ本人の前にしてしまえば何も言いだせなくなってしまう。これ以上問い糾される前に、と水江は真也と郁より先に口を開いた。
「ごめん、別に大した用事はないんだ。ランニングしてて、この近くまで来たから、ちょっと寄ってみただけで」
 嘘ばかりが唇の隙間から吐き出される。水江は微笑みを崩さずに言いながら、夜の風に冷えた身体を震わせた。
「とにかく中入れよ」
 そんな水江に気付いて、すぐ真也が顎をしゃくって自分の家の方を促す。だが水江は首を横に振った。
「……いや、帰るよ」
「なんだよ、折角ここまで来ておいて」
「そうだよ。一緒に真也くんの部屋をめちゃくちゃにしようよ」
 冗談めかしてそう明るく言う郁の心遣いは微笑ましかったけれど、水江は疲れた心でその言葉を受け取り、緩慢に首を傾げた。
(……俺、なんか、へん)
 どうしてこんなにも攻撃的な気持ちになっているのか分からなかった。
 薄く笑って、水江は口を開く。
「……今まで、一緒だったの?」
 真也が一瞬黙った。彼の考えていることならすぐ分かる。出し抜くような行為をしてしまったことを悪いと思っているのだ。
(悪い?)
 悪いのは……。
 中途半端に冷めた風が吹いて、一瞬落ちた沈黙を掠っていた。
 一番に答えたのは郁だった。
「うん。一緒だったよ。……今ね、真也くんの家にCD借りにきたところなんだ」
 郁の家は真也の家から歩いて四十分はかかる距離にある。それは明日学校で借りてはいけないものなのだろうか、と心の中で思った自分を水江はどこか冷静に見つめた。水江は、へえ、といって笑う。
「……いいね」
「水江くんも寄ってきなよ」
「うん、でも、俺」
 唇が勝手に動くような感じだった。どこか不穏な夏の夜の闇とともに、自分の中にも闇が巣食っているのだと水江は気付いた。唇が歪んだ。
「邪魔者でしょ、帰るよ」
「なに言ってんだよ、おまえはっ」
 本気で真也が怒ってそう唸った。水江はそれを微笑みで受け流す。
「いや、ここはほら、あとはお若いもの同士に任せて」
「いきなり見合いババアになるなよ、なに馬鹿言ってんだ」
「……だって」
 汗をかいて乱れた前髪を水江は緩慢な手つきでかきあげた。

--To be continue--
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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