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 おかえりなさい、とシアが言う。
 ただいま、と水江は返した。
 三人で海へ遊びに行ったその日の夜。戻ってくれば、いつものようにシアは水江を迎えた。水江もなんでもないふりで家にあがる。冷房はほとんど入っていないようだった。けれど夜になって風が出てきたようで、窓がうまく空いているのだろう、風が心地よく部屋通り抜けていた。
「なにか飲みますか?」
 鞄を放り出し、手を洗ってから、まるでくせのようにソファに身を沈めた水江に、キッチンからシアがそう尋ねてくる。……それも、いつも通りのこと。水江は暗く沈んでいく胸の内から目をそむけて、そのいつも通りに合わせた。
「俺、コーヒーが飲みたい」
「アイスでいいですか?」
「うん」
 気がゆるむと両手で顔を覆って、大きな息を吐き出してしまいそうだった。そうとは見られないように水江はこっそりと奥歯をかみしめる。
 シアがコーヒーを入れるためにキッチンでお湯を沸かしている。その背中を水江は見つめた。
「ねえ、シア」
「はい」
「……シアの兄弟ってどんなひと?」
 シアの手が止まったのが、リヴィングにいる水江から見ても分かった。ゆっくりとシアが水江の方を振り返る。少し離れた距離から水江を見つめるその目は、まるで風のない湖面のように静かだった。
「水江さん。どうしたんですか、突然」
「……いや、今日ちょっと兄弟の話になったから。俺は兄弟がいないし、似てるとか似てないとか、仲良いとか悪いとか、そういうのよく分からないなって」
 用意した言葉を水江は吐き出しながら、自分でもなにを聞こうとしているのか分からなくなっていた。
(だって、夢なんだ)
 夢だと思いたい。シアの双子になんか会っていない。そう思い込みたい。なにかにすがるように水江はシアを見つめ返す。シアは少しだけ首をかしげた。
「……私とあの人は双子ですから、見かけはとても似ていますよ。子どものころはよく間違えられました。だけど性格は全然違います」
 言ってシアは微笑む。
「あの人は私とは違って、とても気丈な人です。誇り高く、強い人です」
「…………」
 キッチンのガスコンロにかけたやかんがしゅんしゅんと音をたてた。それに気がついてシアは背中を向けると、慣れた手つきでサーバーとドリッパーを用意してコーヒーを入れ始めた。その背中が、静かにけれどはっきりと言葉を続け出す。
「……私たちの生まれたところでは、とても双子が珍しくて。大昔は双子が生まれると悪魔の子だと言われたような時代もあったそうです。もちろん私たちの生まれた頃はそれほどではありませんでしたが、やはり忌み嫌われて。生まれてまもなく母が死んで親戚のところに引き取られましたが、そこでもずいぶんと嫌われて、ひどい扱いも受けました。そんな親戚にも死なれ、身内を失い、路頭に迷いながら、それでもあの人はまっすぐだった。誇りを失わなかった。目の前の苦難に絶望しながらも、気丈に私を抱えて生き抜こうとしていた」
 懐かしむようでどこか淡々とした声。
 気づけばコーヒーの香りがふんわりと立ち上っている。
「そのあと、縁あって私たちは生まれ故郷を離れて、新しい環境に移動しました。……だけど、そこでも私たちは周りとなじめなくて、」
 言葉が静かにこぼれおちていく。
「……だからあの人はいつだって誰にも文句のつけようのないものであろうとする。だけど私はいつだって怯えてばかりで、」
「…………」
 キッチンにひとり立つ背中が、遠い。
 シアの話と、ふたりの雰囲気が──シアの後ろ姿と、海岸で出会った彼とそっくりの天使のまっすぐに立つ姿が、不意に重なる。ソファに身を沈めたまま、水江は彼の背中をみつめた。
(兄弟がいても、シアは)
 どこか心細く。
 ──天使だよ、私も、あのひとも。
 ──私とシアも昔は普通の双子の人間だった。やがて、それをやめた。
 ──シアと私は一緒だよ。忌まわしいほどにね
(……天使?)
 分からなくなる。いろんなことが、いろんな感情が混じり合って、混沌としていく。今、自分がなにをしたいのか、なにを考えているのかさえおぼろげに──。
 急になにかに急きたてられるような気持ちになって、水江は立ちあがった。
「水江さん?」
「……ごめん、変なこと聞いて」
 彼の方を見られなかった。水江はさりげなくうつむいて、それから踵を返した。
「シャワー浴びるよ。……汗かいちゃった」
「ええ。──水江さん」
 呼びかけられて、振り返る。シアはさきほどまで話をしていた重さなど露も感じさせずに、いつもどおりの淡い笑顔を見せた。
「明日はどうされるんですか?」
「……明日は、夏休み最後の部活。たぶんみんなで帰りにどっか寄るから、遅くなるかも」
 水江もなるべくいつも通りを装って笑みを顔に張り付ける。きっとシアはその無理を見破る。だけどどうしようもなかった。シアが少しだけ顔を曇らせた。
「……水江さん?」
「シャワー、浴びてくるよ」
 そう言ってバスルームに向かうために背中を向けながら、水江は苦しく顔を歪めた。


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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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