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 ──もし、あなたも天使なのだとしたら?
 シアが。触れ合うほど近くでシアが、冗談だと言って微笑んだ。切ないくらいに透った蒼い眼差しで、見つめて……。
 反射的に水江は言葉を返していた。
「なに馬鹿なこと言って、」
「馬鹿なこと? 君が天使であることが、おかしい?」
「だって、俺は……!」
 人間だ。
 実の父がいて母がいて祖父母もいて、それで人間ではないなんてそんな馬鹿な。天使は水江の心の中の叫びを聞いたかのように、口元に薄く笑みを浮かべて言葉を続けた。
「天使も悪魔も種族じゃない、形質だ。魂を膜のように包んで形づくる形質だよ。そして天使と悪魔は人として生まれて、やがてそれぞれに覚醒をして肉体を捨てる」
「そうそう、僕達は肉体に縛られずに世界に存在する魂そのものなんだよ」
「…………」
「私とシアも昔は普通の双子の人間だった。やがて、それをやめた。……それだけの話だよ」
 水江は口を噤んで、茫然とその場に立ち尽くす。髪を乱す風も肌を灼く陽射しも確かにあるのに、水江はもう異界にいた。それまであった現実世界はもう目の前にはなかった。
 わけが分からない。
 天使はにこやかに笑む。
「私たち天使と悪魔には仕事があるんだ。ひとつは人の生をこの世界に迎え入れること。そして人の死を送ること。……それから、この世界に生まれる私たちの仲間を探して、導くこと」
「……仲間を、導く?」
「仲間の特徴はいろいろある。天使の形質を持っていると、魂と人の肉体へのつながりが薄くなるから魂の匂いがするし。大概は、天涯孤独だ。いつその人が人間を辞めてもかまわないように、うまく流れている」
 天涯孤独、と水江は呟く。……母は生まれてすぐに亡くなった。父も幼いころに。それから祖母が死んで──最後の肉親である祖父が一カ月前に死んで、水江は孤児になった。
「まだ分からないのか? シアは君がその天使の形質をもっているから傍にいるのさ。君を覚醒に導くという仕事としてね」
「…………」
「分かったら、いい加減その中途半端はやめてシアを解放してくれると嬉しいね。シアが肉体を纏って地上になんかいるせいで、問題がいろいろ起こって仕方がないんだ」
 わけが、分からない。
 世界が遠い。
(仕事って、なに?)
 混乱の余り、涙が溢れそうだった。
「そうそ、とっとと覚醒して面倒事早く解決させてよね。シアが下手を打つと僕らにまでかかってくるんだ。しかもこうやって地上に駆り出される羽目になってるしね。最低だ!」
「……分かったかい、少年」
 白と黒の一対──天使と悪魔はそう言葉を続けて、柔らかく微笑みを水江に与えた。そのシアの顔をした天使の微笑みは、優しく美しかったが、……シアとは違った。
(だってシアは、)
 ぼんやりとした眼差しでそれを見やり、水江は口を開いた。
「……似てないね、全然」
「なに?」
「シアと、似てないね」
「似てない? まさか。私とあのひとは全く同じだよ。生まれたときから、人間であることを捨てるときも、天使になったあとも──どこまでも、どう足掻いても、あれはひとつのものを分けて生まれた私の片割れだ。……シアと私は一緒だよ。忌まわしいほどにね」
 そう言って天使はどこか自嘲するように唇の端を歪めた。まるでシアと同じであることが屈辱か何かのような言い様に、条件反射的に水江は眉宇を寄せる。
「……全然似てない。あんたと違って、シアのほうが、綺麗だ」
 水江のその言葉に激昂したのは、だが天使ではなく、悪魔の方だった。長い腕をのばして水江の襟首を掴みあげる。
「てんちゃんをけなすな! なりそこないのくせに! 大体天使の名前を軽々しく口にして、汚らわしいんだよ!」
「あーちゃん」
「だって!」
 天使に強い口調で諌められて、悪魔はきっと唇を噛んで言葉を止める。突き飛ばすような強さで水江を解放すると、泣き出しそうな顔をして悪魔は天使の腕を掴んだ。
「……てんちゃんは綺麗だよ。シアなんかよりずっと綺麗だ。誰にも文句は言わせない。誰がなんと言おうと君は完璧な天使だ──僕だけの、完璧な天使だ」
「分かってるよ」
「ね、帰ろう。不愉快だ、僕」
 先ほど激昂したばかりとは思えないまるで脆く頼りない様子で悪魔はそう言って、天使の腰に優しく腕を回してその身体を抱き寄せる。天使の肩に額を埋めるようにして、悪魔は縋りつく強さで天使の身体を抱き締めた。
 茫然と水江は彼らを眺める。
「……分かったよ」
 天使はそれまで水江に見せなかった綺麗な微笑みで悪魔を見下ろし、そして悪魔の背中に同じように腕を回した。互いに抱き締め合いながら、天使は最後に思い出したようにふと水江を見やる。
「少年、」
「…………」
「心しておくんだね。君が、天使であるということを」
 では失礼、と天使が締め括った一瞬。
 羽ばたくような音を聞いたと思ったその瞬間に、水江の視界からその白と黒の存在は消え去っていた。
 水江は目を瞬かせる。
 残像さえ残さない。
 降り注ぐ夏の光、夏の風に吹かれて舞う足元の白い砂、……水江を呼ぶ声。目を瞬いたその一瞬に現実世界が戻ってきたような感覚だった。
「──水江!」
 緩慢な動作で水江は顔をあげる。駆け寄った二人はまるで、すぐ水江を追いかけたかのように慌てていた。……あの異界のなかは、時間さえ止まっていたのかもしれない、ふとそう思って少し水江は笑う。
「水江くん? どうかしたの?」
「なんだよ、何があったんだよ?」
「…………」
 何があったのだろう。水江には何もかもが分からなかった。目の前にはなにもなく、まるで白昼夢を見ていたかのようで現実味がない。
(そう、夢だ)
 変な夢を見たんだと思う。ばかばかしく、可笑しい夢。涙が出るくらいに可笑しくて笑いの発作が止まらなかった。小刻みに肩を震わせて笑う。
(……だって、俺が)
 天使だなんてそんな馬鹿な。
「水江? おーい、水江さん? 水江様?」
「ねえ、しっかりして水江くん」
「……ああ」
 気にかけてくれる優しさにふと気付いて、水江は目の前の真也と郁に目をやった。焦点の合った水江の眼差しに気付いて、二人が安堵のため息をつく。
「……真也、郁」
「おう」
「大丈夫?」
 心配そうに尋ねる二人を改めて見やって、何度か目を瞬かせる。ああ日常だ、と水江はほっと息を吐いた。ついこの間までは自分の異端さに震えていたのに、今はなによりこの暖かで穏やかな日常が有難い。
 水江は笑う。
「ごめん、……ちょっと知り合いを、見た気がしたんだけど、間違いだった」
「え、知り合い? 間違いだったの?」
 郁が目を丸くする。その隣で真也が顔をしかめた。なにか言いたげな真也から目をそらして、水江は郁に笑いかける。頭の隅で、笑顔が強張っていないかどうかを気にしながら。
「──ねえ、おなかすかない?」
 平凡な言葉を吐き出して、日常を確認する。震えそうになる手を握りしめて。苦しさに歪みそうになる頬を必死で笑顔にかたちづくって。
(だって俺は、)
 普通の。
 普通の人間で、
(──それで、シアが)
「あー! 俺、めっちゃ、お好み焼き食いたい!!」
 不意に真也が叫ぶような大声でそう言った。はっとして水江は彼を見上げる。真也はまるでいつも通りの自然さで二人に笑いかけた。
「な、前に、B組の芳川がこの近くにうまいお好み焼き屋があるって言ってたの覚えてない?」
「なにそれ」
「言ってたんだよ確か。このあたりの海の──バス通りにあるって。なあ、行こうぜ。俺もすげー腹減った!」
 訝しむ郁をよそに真也は強引にそう言って、水江の肩を叩く。見透かされていると水江は分かったけれど、なにも言わなかった。今はただ、そういう真也のさりげない気遣いが嬉しく思った。


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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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