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「……え?」
 不意に水江は顔を上げた。何かに呼ばれたような、何かが耳元で囁いたような、そんな感じがした──そう水江は思った。
(なんだ?)
 奇妙に風が首筋を撫でるような感じがする。
「水江くん?」
 隣で郁がびっくりしたような声を上げたが水江は答えず、広い砂浜を見回した。海の波の音が静かに届いている。夏の終わりの海に人気はなく、……静かだ。
「水江くん、どうかした?」
「え? あ、うん、今ちょっと」
「なんだ? どうした? 宇宙からの電波でも受け取ったのか?」
「真也くんっ」
 急に様子がおかしくなった水江にそう心配そうに尋ねる二人に、ごめん、と言って水江はその場を立ち上がった。聞き間違いじゃない。何かが呼んだ。
「水江くん?」
 防波堤だ、と水江は閃いた。この海岸の砂浜から少し昇った防風林の方……防波堤のあるほうだ。そこで何かが自分を呼んだ。
 声がした。
「ごめん、ちょっと」
 まるでその声に誘われるみたいに、水江は二人をその場に捨て置くようにして声の方に走りだしていた。



 防波堤の階段を駆け足で昇った。昇ったすぐの小さな通りで、水江が見つけたのは白と黒の一対だった。
 浜の砂だらけの薄汚れた道は自動車が一台ぎりぎり通れるかどうかぐらいの広さだ。その道の端、白と黒の二つの足元に転がった猫が一番最初に目についた。……どす黒い赤が猫の周りの地面に広がっている。死んでいるのだ、と一目で分かった。
(声?)
 猫の声だったのかもしれない、と咄嗟に水江はそう思った。
 死が訪れた、断末魔の。
「死んだね」
「ああ、死んだな」
「いったね」
「……綺麗なものだな」
 ぼんやりと猫の死骸を見つめる水江の耳にそんな会話が届いて、はっと水江は我に返って顔を上げる。そしてその一瞬、驚きに息を飲んだ。
「──シア!?」
 猫のすぐ傍らに佇んだ白いスーツの青年はシアだった。彼が水江の叫ぶような声に気がついて眼差しを上げる。深い、蒼い色をした眼差しが水江を見た。
 水江は彼に駆け寄った。
「シア、なんでシアがこんなところに」
 そう詰め寄ろうとしたところを不意に黒色が邪魔をする。目の前に現われたその色にぎょっとして、その高い背を見上げた。その色から、あの男かと一瞬思ったのだ。だが違った。
 黒いスーツに身を包んでいるのは、あの男とは違ってもっと柔和な顔のまるで悪戯っ子のように表情をくるくる変える青年だった。
「誰、きみ?」
 黒い青年が尋ねる。
「誰って俺はシアの──」
「シア? ……シアって、あれ? ねえ、てんちゃん。これってもしかして、あれ?」
 黒い青年はそうシアを振り返る。シアはどこか冷めた眼差しで水江を見つめ、ああと頷いた。
 どこか、様子がおかしい。シアがおよそシアらしくない。胸に湧いてくる不安に水江はシアを見つめた。
「シア、俺」
「私はシアじゃない」
「はあ? なに言って、だって」
 シアそのものじゃないか。その言葉を黒い青年が遮って、シアに話しかける。
「てんちゃん、もしかして俺達、シアの匂い追ってきてこれに辿り着いちゃったわけ?」
「みたいだな──単独行動のうえに更にこれか。全く何をやってるんだか、あの馬鹿は」
 声はまるで冷淡にそう告げる。
 水江はその声を聞いた途端に、咄嗟に問いを返していた。
「あんた、誰? ……あんた達、なに?」
 シアじゃない。
 ……何かがおかしい。水江は急に激しく鳴りだした胸の動悸に、思わず自分のシャツの胸元を掴んでいる。
 猫の死骸。
 シアによく似た別人。
 黒と白の一対。
 ……まるで符丁が合うみたいに。
(だって、シアは)
 水江のその問いに慣れた調子で黒い青年が不敵に笑った。大仰な身振りで、髪をかきあげてポーズを決める。声は大きく演技がかっていた。
「知らざあ言って聞かせようっ、この美しき漆黒の闇を身に纏う僕が──」
「悪魔で、私が天使だ」
「ああっ、てんちゃんずるいっ」
「おまえがとっとと言わないのが悪い」
 二人はそんなふうに言ってまるで戯れている。水江は茫然と目の前の彼らを眺めて、え? と呟いた。
「あ、れ……?」
 今目の前のシアはなんて言ったのだろう。
(……なんか、変)
 世界がおかしい。
(だってシアはもしもって言ったのに)
 もしも、天使だったら。
 天使なんて悪魔なんているはずがない、そう言えない自分に水江は初めて苦痛を感じた。自分は確実に知っている、天使が存在することを。だけど。
「あんた、誰?」
 ぼんやりともう一度水江はそう尋ねている。
「……シアじゃない?」
「私はシアの双子の片割れだよ」
 シアによく似た天使の答えに、ああと水江は以前シアがそのようなことを言っていたことを思い出した。
「天使?」
「天使だよ、私も──あのひとも」
 告げられたその瞬間胸に去来したものはなんだったのだろう。やっぱり──そう思ったのも事実だった。
 生温い風が海の方から吹いてくる。陽射しは強く、目眩がしそうなくらいに……どこか異様な空間が、ここにある。
 自分を包む世界が揺らいでいる。
(シアが天使で、それで)
 ……何?
 白いスーツの天使は混乱に目を見開いて目の前の白と黒の一対を凝視する水江に、まるで優しく笑いかける。
 罪を誘い魅惑する悪魔のように艶然と。
「……そして、君も」



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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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