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   4


 目の前に延々と碧色が広がっていた。
「わーいっ、海だ、うーみーっ」
 郁がはしゃいで、あっというまに砂浜を走りだしている。すごぶる彼女は元気だ。小さくなっていく彼女のその白いシャツが風に揺れるのを眺めて、水江は肩をすくめた。
「……元気すぎる」
「元気じゃなかったら、郁じゃないっしょ」
 真也がそう言って笑う。まあね、と水江も答えて笑った。二人で波打ち際に辿り着いたらしい郁を眺め、水江はすぐにその視線を逸らして空を見上げた。遠い、目に痛い程の晴天だ。
「いい天気だな」
 太陽は厳しく照らしつけて、雲一つない蒼い空を更に輝かさせる。
 夏の日だ、今日は。
 ゆっくりと白く灼けた砂浜におりながら水江は視界に映る全てに目を細める。……空と海の境目が霞んで曖昧になる。海と砂浜の境目で、郁が笑って手を振った。
 ……彼女は可愛い。そう素直に水江は思う。明るく優しくさり気ない気遣いとノリの良さが、一緒にいて本当に楽しいと思う。
(郁は、太陽だ)
 そういう、憧れだ。
 遠くの郁を見つめてそう目を細める水江をふと隣の真也が振り返った。
「な、郁のところまで競争ってのはどう?」
 そう言って、真也はにっと唇の端を上げて笑う。水江は一瞬突然のその提案に目を見開いた。まるで他のことの競争を持ち出しているような提案だ、と水江は思い、それからすぐにかぶりを振った。その水江の反応が意外だったのか、不思議そうに真也が眉をひそめて、目で理由を尋ねる
 水江は薄く笑った。
「短距離でおまえに勝てるわけないだろ」
 なるべく軽い口調でそう言って、水江は彼の視線を避けるように、空を見上げる。案の定真也は不機嫌な声をだして、そんな水江を責めた。
「あのなあ、そんなのやってみなけりゃ分かんねえだろ」
「海まで来て部活したくないよ、俺」
「うそつけ」
 たった一言で否定され、水江は視線を空から戻した。海のほうへ目を向けると、郁が波と戯れながら大きく手招きして二人を呼んでいた。真・也が手を振り返す。
「……うそじゃないよ」
 考え事が多くて、いろいろと疲れているのだ。だから走りたくない。それだけだ。だが真也はそうとは取らなかったようだった。
「水江、おまえね」
「なに」
「──おまえさ、色々と悩むのはいいけど、投げやりにはなるなよな」
 そう真也が言って、驚いて水江は彼のほうを振り返ったが、すでに彼は海のほうへ走りだしていた。その後ろ姿を、目を見開いて見つめる。
(……見抜かれてるな、これは)
 まいったな、と呟いて、水江は少しだけ笑った。付き合いが長いと本当に厄介だ、とも思うけれど、そうやって気遣われるのは心地が良い。
(投げやり、じゃない)
 まだ投げてはない、と水江は思う。確かに色々と考えることはあるけれど。
 あの不可解で不愉快な黒い男のことや、シアのこと。自分の異質さ。……それに、過去に出逢った天使を思い出す。考えれば考えるほど、身体の内側から沸き立つこの苛立ちに似た焦燥と疲れはなんなのか。……外からの刺激は様々で、痛い。沢山の声と意識が耳の中で渦巻く。
 ──自分は周りから見れば余り普通とは言えないんじゃないか、と。
「水江くーんっ」
 明るい声に名前を呼ばれて、我に返って水江は顔を上げた。波打ち際でこちらに手を振る二人の姿が見える。──郁と真也。ずっと一緒にいた、ずっと一緒にいたい存在。たまにどうしようもなく息苦しくもなるけれど。
 だけど。
(俺が異質だなんて)
 彼らにだけはそう思われたくない。
「早くおいでよ!」
「はーいはいはいっ」
 郁の催促にそう返事をして、水江は灼けた砂を蹴るようにしてのろのろと走りだす。穏やかな日常という二人に向かって。


「なんかさあ、水江くん、元気ないね」
 砂浜に座って潮風にあたりながら、ふと郁がそんなことを言った。……彼女にもばれてる、と思いながらも、水江は彼女の言葉にただ笑顔を返す。
 郁はそんな水江を見て、ぽんっと自分の胸を叩いて言った。
「悩みがあるなら、どーっんと私に任せなさい。郁ちゃんの悩める小羊の相談室っ」
「……正確には、悩める小羊のための相談室だよね」
「そういう細かいことにつっこまないの!」
 郁に怒られて水江は肩をすくませる。真也が能天気に郁の言葉に頷いた。
「いいなあ! それ。郁ちゃん、聞いてよ、実は俺ね」
「真也くんには聞いてない」
「……しくしくしく。ほら、俺じゃ駄目なんだよ、水江、相談したれ」
 二人の相変わらずの調子に水江は笑みを洩らす。
 実際には相談というほどのものはない。けれど、今は二人を満足させるために“なにか悩み”が必要で、水江はなんとか生真面目に口を開いた。二人が黙って素直に耳を傾ける。
「俺ね、実は子供の頃、天使に逢ったことがあるんだ」
「…………」
「白い翼をもった天使に。逢ったことは覚えてるんだけど、それでどうしてもそのとき俺がどう思ったか、どういう言葉を交わしたのか、分からなくて困ってるんだ」
 二人は黙っている。呆れてるのかもしれない。だけどぼんやりと口が開くまま、水江は言葉を続けていた。
「約束したんだ。なにかを。だけど忘れちゃった」
 だからなのかと、ときどき思う。これほどまでに肉親に縁がないのは、天使との約束を忘れてしまったから。……その約束を思い出せない限り、この身体にまとわりつく違和感からは逃れられない気がする。
 さすがの二人もその水江の相談には思わず沈黙を返している。砂浜で膝を抱えながら、くすりと水江は小さく笑いを洩らす。
「信じる?」
「……俺は、信じるな」
「私も」
「嘘。無理しなくていいよ、父さんもじいさんも信じなかったし」
 言いながら、ふとシアはそうではなかったな、と水江は思った。彼が天使に似ていると言ったとき、水江が天使に逢ったということには何も否定しなかった。
「いや! 俺は信じるぞ、おまえはそういうのを見そうな奴だ。いかにも見てそうだ」
「……それってどういう感じなの?」
 真也の言い様に呆れて水江はそう返す。その水江の問いに答えたのは郁のほうだった。
「水江くんってちょっと神秘的だからね、なんかすごく綺麗な感じがするし」
「なにそれ」
「清らかっていうの? そういう、汚れがない感じだよ」
「…………」
 何が清らかなものか、と水江は心の中でそう強く思った。
(異様なのに、俺は)
 死に対する感情が周りとは全く違う。
 まるで、死を望むように。
(喜んで)
 ──そう思ったときだった。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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