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 水江を見上げる男の眼差しは鋭い。水江は突然の不快な指名に眉をひそめて、彼を見下ろした。
「……誰だ、あんた」
「あんただよ、澤水江」
「…………」
 水江の問いには答えず男がそう返し、思いがけずフルネームで呼ばれた水江は驚いて僅かに目を見開いた。郁が怯えたように水江のシャツを掴んで、引っ張る。
 男はその場に座り込んだまま、顎を上げて不遜に唇を歪めて水江を見上げた。
「……気に入らねえなあ、あんた」
「…………」
「あんたの所為でいろいろ迷惑被ってるんだよね。いい加減、その甘ったれた中途半端やめてくれない?」
 水江は黙った。
 男に見覚えはない。……一瞬、祖父の教え子かとも考えたが、そうではないと頭のどこかで分かっていた。
(“俺”を、知ってる)
 この男はそんな経由ではなくて、自分に直接悪意を抱いている。なぜなのかは分からないが、そうだと確信が持てた。
(──悪意?)
 男は眉宇をひそめ、頬を歪めた。
「中途半端にしてりゃあそりゃあんたは居心地もいいだろうけどさ、周りが迷惑すんだよな。分かるか? 周りがおまえのその半端に合わせてやってんだよ。だからおまえはその居心地の良さをのんきに味わっていられるんだよ」
 あーあ、と大仰にため息をついて、男は身体を起こした。
「こういうの、ムカツクっていうのか?」
「……なんだよ、あんた」
「その質問は自分にしな、澤水江」
「…………」
「おまえ、なんなんだよ」
 立ち上がりながらそう真顔で尋ねてきて、水江は虚をつかれたように押し黙る。一瞬、真正面から目が合った。思いがけずその目が真摯なほどに静かで、水江はうろたえる。そんな水江を見て、それから男は唇を歪めて笑いを洩らした。どこかネジが外れたような、狂ったような笑い声だった。
 ひとしきり笑ったあと、彼は水江を一瞥すると鼻で笑った。
「おまえみたいの、どこがいいんだか。本当にご苦労さまだよ」
「ご苦労さまって──」
 誰が。
 男は答えない。薄く笑うと、彼は三人に背中を向けた。水江も、真也も郁も息を飲んでその背中を見やっている。
 最後に男が一言だけ呟いた。その声を水江は聞き逃さなかった。
「……ホント、シアもご苦労さまだな」


 なんなの、あれ。そう一番最初に憤慨したのは郁だった。
 三人はしばらく茫然と無言で、男のその背中が後ろを振り返ることもなくそのまま角を曲がり見えなくなるまで見送っていた。
「変な人! 水江くん、知り合い?」
「……いや」
 水江は小さくそう返す。自分の知り合いではない。あれは多分、シアの……。
 そう思った途端、胸の内に奇妙な苛立ちが生まれて水江は顔をしかめた。男が今までいたこの場所にいつまでも立っているのが不愉快で、水江は二人を促して歩き始める。
 真也が同じように不快そうに眉をひそめた。
「知り合いじゃないって……。向こうは水江の知ってたみたいだけど」
「うん」
 頷いて、それから水江は彼らにどう心配かけないように説明するか、悩んだ。
「……じいさんの教え子か誰かかな」
「なにそれ」
「なんでおまえのじいさんの教え子がおまえに文句言うんだよ?」
「さあ」
「さあっておまえなあ」
 そう真也に呆れられて、水江は肩をすくめて小さく笑った。
「だって仕方ないだろ、他人の気持ちなんて分からないんだし。それが初めて逢った相手ならなおさらだ」
「お葬式のときに、見たとかないの?」
 郁が痛いところを突く。水江は心の中の動揺を隠しながら、首を傾げた。
「……よく覚えてないな。葬式のとき、俺結構ぼうっとしてたし」
「そっか……」
 納得してそう郁がうつむくのを見て、不意に水江は自分が異端であるのだと思い起されて、唇を噛んだ。
 自分はしっかりしていた。葬儀のときは、泣きもせず喚きもせずただ冷静に儀式に参加していた。そのとき何を考えていたかというと、……ひたすら自分のこれからの生活についてだ。水江はうつむく。
「……大したことじゃないよ、別に何かされたわけでもないし」
「何かされてからじゃ遅いのよ」
「一体何をされるの、何を?」
 呆れて水江がそんなふうに尋ねると、真面目な顔で郁が拳を握った。
「だって、あれってどう見てもストーカーだよ? 水江くん、男のくせに可愛いから男にももてるんだよ、きっと。それでもってさっきみたいなストーカーに狙われて……ああ!」
「…………」
 ストーカーに狙われてそのあとどうなるのか、水江は聞かなかった。郁の想像のほうがよほど危険だ、と水江は苦笑を洩らす。もちろん冗談で言っているのだと分かっているから、そういう郁の気遣いが嬉しかった。水江は笑う。
「そのときは助けてね、郁ちゃん」
「もちろんよっ」
「あ、俺も行くから」
「え? 真也は別に来なくていいよ。真也より郁のほうがよっぽど心強いから」
「……どうしてまたそんな」
 また苛める……と真也が拗ねて厳しい陽射しに照らされて熱の立ち昇るアスファルトの道路を爪先で蹴飛ばす。
 郁と水江は声を上げて笑った。


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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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