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「……でね、一番涼しいのはコンピュータールームなのは当たり前だけど、次に涼しいの・は体育館の舞台下。それから、トイレ」
「あ、分かる。それあるんだよな、でも長居はしたくないけど」
 明るい二人の声が聞こえる。
 視線の先の美しい夏の空に比べれば、その会話はあまりにも現実的な世界だ。手を伸ばせば届く──そんな日常のはずなのに、なぜか遠く感じられる。……ふと、水江は僅かに目を細めた。これは逃避なのだろうか。
(……俺はふつうじゃない)
 その現実から逃れようとして。
「あと、図書室。扇風機回ってるし」
「教官室! これは全然長居なんかしたくないけど」
「冷房入ってるしね、ずるいよね」
 三人で歩くと、学校帰りの歩道はそれだけで横に占領されてしまう。ましてやここはバス通りのつましいとはいえ商店街の前だ。水江は前から走ってきた子供のために、一歩下がって道を明けた。そしてそのまま真也や郁と並ばない。そ知らぬ顔で、二人の半歩後ろを歩いた。
(暑いな……)
 口にはせず心で呟いて、水江はまたため息をついた。
(……隠された本来の姿、か)
 不意に郁の言葉が脳裏をよぎった。それはある。こうして表面はにこやかにまるで普通の常識人のような顔をしているけれど、本当はそうではない。本来の自分は正しい感情の欠如した非人間だ。
 どうしても。
 自分は彼らとは同じじゃない。
(……俺は異常だ)
 死を。
 悲しいと思えない。
 こんな異常な自分はいつかなにかのきっかけで、恐ろしい殺人鬼にでもなるのではないかとさえ思う。
 そのくせ、こんなふうになんでもない顔をしてのうのうと暮らして。
(彼らは、それを見付けてしまうのだろうか)
 ──異質だと、気づいて、それで。
(もし去ってしまったら、)
 ふと水江はそんなことを思い、目を伏せた。
「今日って十七日だっけ?」
「うん、あともう二週間もないよ、学校始まるまで。あ、そうだ、宿題どう?」
「郁は?」
「ばっちり。数学の予習はしてないけど」
「予習? そんなもんするわけないだろ。英語の宿題終わってないし、読書レポートもまだだし……あ、俺、本も選んでないや」
「水江くんは? ……って、あれ?」
 そのときになってようやく彼らは水江が隣にいないことに気が付いたようだった。あれ? と二人はすぐにやや後ろを歩いている水江を発見する。
「なに孤独してるの? 水江くん、似合うからやめたほうがいいよ」
 明るく郁がそんなふうに言う。水江は彼女に気付かれないように、そっとにこやかな笑みを浮かべた。
「いや、二人の世界に割り込むのには気が引けて」
「あ、寂しがってるの?」
 無邪気に郁は聞いてくる。
(そうだよ)
 本気でそう返しそうになって、咄嗟に水江はあはははと笑っている。いつのまにか二人はまた水江の隣に並んだ。
「な、夏休みももうすぐ終わるし、どっか行こうぜ。今年の夏、俺全然遊んでないよ」
 水江の様子には気付いていないように、真也がそう元気に提案する。いいねえ、と郁がはしゃいだ。水江はただ軽く肩をすくめてみせる。
「どっかってどこに? ……なんか暑くてどこに行くにもやってられなくない?」
「まーね。だから、涼しいとこ」
「涼しいところってどこ?」
 水江がそんなふうに返し、その隣で郁がむむむと唇を尖らせた。
「水江くん、そんなに私達と一緒に遊びたくないの?」
「は? いや、そんなんじゃ……」
 もごもごと口の中で呟くと、郁は強気で言葉を返す。
「じゃあ問題ないじゃない」
「それはその通りだね……」
 渋るような水江の答えに、今度は真也が言葉を重ねてくる。
「問題ないんだろ、遊びにいこうぜ?」
「…………」
 二人が二人して、と水江は呆れて小さくため息をついた。
(二人で行ってくれば?)
 ふと思った言葉は口にはしないけれど。水江は自分の思考に我ながら、険しく顔をしかめてみせる。……なんだろう、決して三人でいることが嫌なわけでも、二人のことが嫌いなわけでもないといううのに、ひどく気が乗らないでいる。
(……含まれて、ない)
 空気が。
 自分だけ異質なような感じが。
「うみ」
 突拍子もなく、ふと郁がそんな発言をした。
「は?」
「海、行こー」
「……郁ちゃんって、もう馬鹿?」
 身も蓋もなく水江は返した。
「なんでよう?」
 ふくれっつらでそう言う彼女はまさしく可愛いのだけれど。水江は微笑ましく、彼女を見下ろす眼差しを和らげた。
「あのね、盆も過ぎたし、くらげうようよ」
「えー、でも、水浴び程度」
「遠くない? 海」
 真也もそんなふうに首を傾げる。二人の反対を受けて、郁は更にふくれる。
「バスで一時間ぐらいじゃん。そのくらい我慢! 男の子でしょ」
「そういう問題かあ?」
「……俺、海好きじゃない」
 ぽつりと水江は呟いた。途端に、二人がびっくりして足を止めた。それに驚いて、水江も一歩遅れて立ち止まる。交通の迷惑だ。
「……分かった」
 小さく郁がいった。
「え?」
「水江くん、……泳げないんだ! 大丈夫、私が教えて上げるから!」
「……あのね」
 すごい的外れな納得の仕方に、水江は思わず呆れている。
「郁ちゃん、それってかなり間違い。大体、海なんて泳ぎにいくところじゃないよ」
「大丈夫だって。もう照れ屋さんなんだから」
「……真也、何とか言ってやって」
 脱力してそう助けを彼に求めると、隣で真也はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。真也と水江は中学校からの付き合いで、彼はもちろん水江が泳げることを知っている。
 ──が。
「あ、そうか。水江って泳げないのか。大丈夫大丈夫、俺が手取り足取り優しく教えてあ・げ・る」
「…………」
 結局、水江がパワフルな二人に勝つことなどできないのだ。なすがままに、水江は海にいく約束を取り付けられていた。


「……あつ」
 バス停で郁と真也と別れてひとりになった水江は、自宅に向かって歩みを続けながら思わずそんな呟きを洩らしていた。
 閑散と静かな住宅街には、ただ蝉の声ばかりがうるさく響いている。
 学校からさほど離れていない新興の住宅地だ。六年前に引っ越して以来住み慣れた閑静な住宅街と、今通っている高校が近いこともあって水江は徒歩で通学していた。
 ごく規則的な足並みで、人気のない通りを歩いていく。夏の陽射しに焼けたアスファルトからむっと迫る熱気と、耳に棲みつくような蝉の声のうるささに水江は眉宇を寄せながら、髪をかきあげた。
 暑さに現実が歪みそうだ。なにもかもが曖昧に溶けていくようで。
 小さく息をついて角をゆっくりと曲がる。その角の先──。
「…………」
 水江はふと足を止める。
 真っすぐに前を見つめる。続く道の途中、見慣れた白い壁の家の前。
 額から汗が一筋流れ落ちた。
「シア、」
 水江はその家の前にたつ存在を見つめて、眩しそうに目を細めた。
(なぜ、シアはそんなにも)
 いつも白色を基調にした服に身を包んで、夏の透明な光を受けて薄い色の髪が南から吹く風に柔らかく舞う──まるで涼しさをまとって。彼は白く灼けたコンクリートの玄関先にたたずみ、水江を見つめてそっと頬笑んだ。
「おかえりなさい」
 優しい深みのある声が耳に届く。
(そんなにも、俺を許すのだろう……)
 ……まるで痛みを感じたかのように、水江は微かに眉をひそめた。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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