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  エピローグ ──ハル



 ……狭く薄汚れた路地に佇む少女の姿はひどく小さく、頼りなく見えた。
 白いシャツに映える赤いリボン。黒い艶やかな髪が肩で揺れる。髪の隙間から見える耳にピアスはない。
 〈彼女〉は、夕闇に包まれた路地に足を踏み入れた僕に気がついて、目を瞬かせた。
「……なにを、されているのですか」
「なにって」
 薄汚れたコンクリートに挟まれた狭い世界で、僕と向き合った彼女は、どこか困ったように小首を傾げる。
「……あなた、だれ」
 問いには答えず微笑むようにすれば、彼女は少し考えるような仕草を見せた。やがてなにを思ったのか、ふと顔をあげてまっすぐに僕を見る。
「あたし、ひとりになったの」
「……そう、ですか」
「お父さんは最初からいないし、お母さん死んじゃったし、おじいちゃんとかおばあちゃんとかもよく知らないし、友だちもいないから、本当にひとりになったの」
 言いながら、けれど彼女には悲壮感がなかった。淡々と語る姿が少し寂しくて、僕は口を挟んだ。
「本当に、だれも気遣ってくれたひとはいなかったのですか?」
「……ううん、ひとり、いる。陽菜ちゃんって言うんだけど、陽菜ちゃんは今、遠くにいるから」
「陽菜さん、」
「お母さんのともだち、」
 かっこよくて優しいんだ、と少女は小さくつけ加える。
 それから、うん、と自分の話に相槌を打つように頷いて先を続けた。
「ひとりになっちゃったけど、でも、あたしは平気なの。昔からお母さんが言ってたから。──あたしにはきちんと待っててくれるひとがいるんだって」
「…………」
「なにがあってもあたしを見ててくれるひとがいるから大丈夫だって」
 少女は怖気のないまっすぐな眼差しで僕を見た。その目は強く優しく、本当に彼女の母親に似ていた。
 彼女は僕に向かって手をさしのべる。
「……あなたが迎えにきてくれたの?」
 僕は〈彼女〉を見つめ返す。
 薄暗い路地で。
 制服を着ていた。胸元のリボンの落ち着いた赤が、彼女によく似合っていた。肩につく長さの黒髪のつややかさが、薄暗闇の中でも分かる。
 きれいだと思った。
 懐かしく、愛おしい気持ちが胸に溢れた。
 僕も手を伸ばす。ゆっくりと近づいて、指先が触れるまで。
「ずっと、待っていました」
「うん、」
「──美晴さん」
「違うよ」
 手をつないで、名前を呼べば、〈彼女〉はあっさりとそんなふうに否定してきた。僕は見返す。
 〈彼女〉はぎゅっと指先を握り返して、ふんわりと笑った。
「戸籍上はミハルだけど、違うの。お母さんはずっとあたしのこと、ハルって呼んでたから、あたしの名前はハル」
「────」
 不意に僕は、なぜか泣きたいような気持ちになっていた。
 ……ようやく出逢えた、僕の〈天使〉。
 いとけない彼女の〈向こう〉に、もう一人の〈少女〉が見えた。
 路上で出逢った、優しくて気まぐれで寂しがり屋で、感情の豊かな〈少女〉。
 ──ハル!
 彼女の呼ぶ声が、まるでつい昨日のことのように耳に甦る。
 同じ声質の少し幼く舌足らずな声が言った。
「……お母さんからの伝言」
「伝言?」
「うん、病院で。言ってた。〈いつか迎えにきたときに〉伝えてって」
 ……きっと彼女は死の間際でも、気丈で気が強く、美しくあっただろう。
 まっすぐに娘の目を見つめて、言ったに違いない。
「〈今あたしは世界で一番幸せ〉だって」
「────」
 路上で出逢った。
 彼女は、僕の。
 ──僕のもう一人の〈天使〉。



Fin.

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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