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「男って、男?」
「そ、男」
「家政婦が男なの?」
「……っていうか、じいさんの教え子? 書斎の書物の整理と論文の整理のついでに」
「へええ」
 なぜだか真也は感心している。水江は肩をすくめた。これでその男が女に見紛うような美形だと言えばどういう反応をするのか──興味はあったが、水江はそれを口にするのはやめた。
 更衣室を出て、バスケ部の活動している体育館の横を通り抜けて、グラウンドの方に出ると郁の姿はまだない。いつものように木陰の下のベンチに腰を下ろして、郁が来るのを待った。
 午後四時を過ぎても夏の陽射しはその厳しさを和らげない。部活を終えてもまだ垂れ落ちる汗を拭きながら、真也が聞いた。
「そいで、その人ともうまくやってんだ?」
「え?」
「……いや、おまえって結構人見知りするほうだろ。だからそういうのが家に来ても元気そうだから、その人ともうまくやってるのかな?って思って」
「…………」
 こういうとき付き合いが長いと厄介だ。すぐに底を見透かされてしまって。水江は少し困ったふうに眉をひそめてみせる。
「俺って人見知り?」
「するほうじゃねえ? そう見えるけど」
「ふうん……」
 曖昧に相槌を返しながら、水江はふと彼のことを思い出す。
 柔らかな物腰で、決して声を荒げたりすることもなく、だけどたまに意地悪や軽い冗談を言ったりして会話も穏やか明るく、料理もうまい。……なにより水江のプライバシーや心情にも深く干渉してこないし、一緒にいても疲れないのがシアのいいところだった。水江が黙っていたければ邪魔をしない。ふとまるで空気のように存在感を消して、だけどそれがどこか落ち着くのだ。……結局いつのまにか、部屋が見つかるまでの約束なんて立ち消えて、ずるずると同居を続けている。
 ──けど。
(そういや、警戒してないかも)
 最初は戸惑ったものの、今では警戒どころか信頼さえしているような気がする。いや、信頼というよりももっと暖かい関係だ、……まるで家族かなにかのように。傍にいて当然みたいに。
 ──たった二週間で。
 水江は首を傾げた。
「……人見知りだっけ、俺って?」
「自分で聞くなよ」
 もともと親や親戚は縁薄く、祖父母も穏やかな性質の人たちだったが人を家に招くようなタイプでもなく、身近にいる大人と言えば教師ぐらいで。……そういえば中学の頃は初めて逢った弁護士の中橋にも威嚇していた気がする。
(なんでかな?)
 気づけばすごく、シアには馴れている。まるでそれが自然のことのように。……でも本当はそっちのほうが不自然だ。
「あ、ごめん。水江くん、真也くん」
 不意に少し離れたところから声がして、水江は我に返って顔を上げた。
 郁だ。ああ、と当然のように彼女を迎えて水江と真也は立ち上がる。
 こうしていつものように、清く正しい三角は一緒に下校するのである。


 水江の家に家政婦が来ているという話を聞いて、郁はまた真也と同じような反応を示した。
「うわ、家政婦、すごいね。やっぱり家政婦は見た!んだろうね」
「……何を見たんだ、何を」
 思わず水江は苦笑を洩らす。
「そりゃもうリヴィングの扉の隙間から水江くんの隠された本来の姿が……!」
「なに、俺ってエイリアンかなにかなの?」
「ああロマン! ‘家政婦は見た!’のミステリーがいつのまにかスペクタルロマンに早変わりだわ!」
「……楽しそうだね」
 なにやら奇妙なストーリーを想像している郁を見下ろして、水江は肩をすくめた。
 学校の帰り道。郁と真也はバスで、水江は歩きで帰るのだが、最寄りのバス停が少し離れているのでそこまで一緒に歩いていくことになる。
 バス通りに面した歩道は、上から注ぐ容赦のない陽射しと車道から漂ってくる排気ガスの熱気で奇妙に息苦しい。水江はTシャツの首元を引っ張って、身体に風を送った。
「あっつ……」
 一日もう何度口にしたか分からない言葉をもう一度口にする。
 ──八月も半ば。もうあと半月もすれば夏休みが終わってしまう。やがて学校が始まり、集団の中での生活が始まる……。
 その未来はなぜか現実感がなかった。まるで陽炎のような未来だと水江は思う。それは気怠い暑さが頭をぼんやりさせているせいなのか。
「ほんと、暑いよなあ」
 水江の洩らした呟きを耳に入れたのか、郁を挟んで向こう側を歩いている真也が手で顔を扇ぎながらそんなことを口にした。
「学校が始まる前に少しは涼しくならないものかな」
「同感っ」
 郁がそれに軽やかにそう返す。もう水江のスペクタルロマンはたち消えてしまったらしい。水江は郁を見てそっと静かに息をついた。
「教室の窓際がさ、南向き、直射日光で暑いんだよね。絶対、あんなの勉強できる環境じゃないよ」
 郁の声はさわやかにそう主張する。だよなあ、と真也が同意する声を聞きながら、水江はなんとなく空を見上げている。
 ……透けるような蒼い空。
 眩しくて目を開けていられないような夏の空だ。

--To be continue--
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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