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 ……現実が、押し流されていく。まるで洪水のように溢れた光に飲み込まれて。
 ──ごめんね。
 声。
 ……声? ああ、と不意にあたしは思い出す。その声は、いつだってしきりに謝っていた。ことあるごとに請うていた。いつも一方的に、押しつけるように。
 ──ごめんね、美帆。
 (なあに?)
 ──お母さん、その日どうしても仕事があっていけないの。代わりに陽菜ちゃんのお母さんが迎えに行ってくれるから。仕方がないの。許してくれるよね?
 (……お父さんは?)
 ──お父さん? バカね。来るわけないでしょ。私たちより仕事が大切なんだから。
 (でも、……でも、お母さんだって、)
 ──ねえ、美帆。もう一人でお留守番できるわよね?
 ──一人でできるわよね?
 ──美帆、塾、きちんと行ってる?
 (もちろん行ってるわ)
 ──美帆。夜の街であんたを見かけたって話を聞いたけど、大丈夫よね? そんなところ行ってないでしょ?
 (……もちろん行ってないわ)
 (大丈夫よ)
 (心配しないで)
 (お母さんがいなくたって大丈夫)
 ──美帆。
 ──どういうことなの美帆!? 部屋に男の子を連れ込むなんて!
 ──お母さん、もう美帆のことが分からないわ……!!
 (……当り前でしょ、当たり前じゃない)
 (だって)
 (だってお母さん。あたしのことなんにも見てないじゃない──)

 きぃぃん! と耳をつんざくような鋭さで大気が震えた。
「っ!」
 あたしは我に返ってはっと目を見開いた。
 白く灼けついた視界。ゆっくりと色が戻って、世界がかたちを成していく。
 ──あたしの家。誰もいない家。いつもひとりのリビング。
 気づけばあたしはドア付近にいたはずなのに、リビングの奥、ソファの近くまで移動していた。え? と思う。そばにハルはいない。
 なにが起きたのか分からなかった。呆然としたまま顔をあげて。
「────」
 あたしは目の前に、凄絶なほどの美しさが存在していることに気がついた。
 白と黒。
 見覚えがある。彼らは確かハルの友人を名乗っていて──数日前に屋上であたしを責めたふたりだ。けれどそのときとは雰囲気がまるで違った。
 なんていうのだろう。まとう空気が違う。……そう、そこにあるのは〈人〉を超えた美しさだ。
 え? とあたしはもう一度目を瞬かせる。
 ……天使と、悪魔?
 呆然と見上げるあたしを、黒い存在──〈悪魔〉が冷やかに見下ろして口を開いた。
「君は結局、自分を選ぶんだね?」
「──え?」
「自分の幸せを選ぶんだね?」
 これはなんなのだろう?
 責めるような声にわけも分からず、あたしはハルを探した。
 立ちはだかる二人の向こうに、あたしと同じように自失した様子でハルが床に座り込んでいるのが見える。
「……ハル?」
 途端に悪魔がハルのことを背中に隠すように動いて、瞬間的にあたしは叫んでいた。
「なに? なんなの!? ──ハル!」
「っ、待ってください!!」
 あたしの声に呼応するように取りすがる勢いで、ハルが後ろから彼らにそう呼びかける。だけど悪魔は動じた様子もなく、ハルを一瞥して少しだけ困ったような顔を見せた。
「あのねえ、君ももう分かったでしょう? 彼女は君を解放する気なんてないんだ。君にそばにいてほしいから子どもを堕ろすって言ったんだよ。それ、どういう意味か分かるよね? 彼女は〈子ども〉を──君の〈半身〉を殺すって言ってるの」
「それは──」
「だったら結論は一緒。どう選択したって、君の〈半身〉はここで一度死ぬ。……大丈夫だよ。覚醒していない今なら、〈魂〉と〈形質〉はまるごと一度、命の輪に戻り、また生れてくることができるから」
 大丈夫大丈夫、と繰り返す悪魔の声は場違いなほどのんきに聞こえた。
 けれどあたしには彼の言っている話のほとんどが意味不明だ。ただ〈堕ろす〉と言ったことを責められているのだけは分かった。
 あたしはぼんやりと彼らを見やる。
 ──堕胎が罪だと、裁きに来たのか。
 悪魔が。
「……なにがいけないの? 子どもを堕ろすことのなにがいけないの?」
 呟くように言葉が漏れた。
 あたしの言葉に、三人がはっと振り返る。
 黒と白の存在と、そしてハルがあたしを見た。
「……だって、あたし、まだ高校生だよ? 十七歳なの。……そんなの、産めるわけないでしょ。産めるわけないじゃない!! 子どもなんてできたらもう終わりよ。誰も〈あたし〉を見てくれない。もう誰もあたしのことなんか好きになってくれない……!!」
 考えるだけでぞっとする。
 あたしは欲しかっただけなのに。
 ただ純粋に、あたしのことを愛してくれる人を。
 仕事だとか言い訳したり身体目的だったり口先だけだったりしなくて。嘘じゃなくて。きちんと、ほんものの。
 ──ねえ、あたしを見て。
 ここにいるの。目の前にいるの。
 あたしを愛して。
「……なんで? なんでダメなの? あたしはただ幸せになりたかっただけなのに──」
 うつむけば、視界が歪んで、ぽたりぽたりとフローリングの床に雫が落ちた。

To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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