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「……え?」
 セシルに〈悪魔〉だ、と言われても、彼は実感がないのか呆然としていた。
 少し憐れむような優しさで、セシルは言葉を続けた。
「言っただろう。私たちは〈天使〉と〈悪魔〉だ。……天使は人の生を司り、悪魔は死を司る。だから私たちは常に〈一対〉でこの世界を支えている。君が、彼女の腹の中にいる君の〈天使〉に惹かれるのはごく普通のことなんだよ」
「…………」
 シヴァージは黙って静かにセシルの話を聞いていた。
「私たちは肉体を持たず存在する〈魂〉そのもの。私たちと人間を分けるのは、〈形質〉だ。魂を膜のように包んで形づくる〈形質〉が、私たちを〈天使〉や〈悪魔〉たらしめる」
「そう。僕たちは、はじめ人として生まれるんだ。そして肉体を捨てて〈覚醒〉する。君の〈天使〉は今まさに、人のかたちをして生れようとしているところなんだよ」
「……僕は、まだ〈人〉ですか」
 さすがシヴァージは飲み込みが早かった。
「君はもう覚醒した〈悪魔〉だよ。今は、仮初の肉体を得ているだけ!」
「仮初の肉体、」
「そう、君は地上で契約を結んだんだ。肉体を得る契約を。きっと君の気づかないうちに」
「……契約」
 ひとつひとつの言葉を噛みしめるようにして、彼は僕たちの話を聞いた。
「私たちは肉体を持たず〈魂〉そのものであることが、存在の核だ。このまま肉体の契約を継続すれば君は地上に堕ちるだろう」
「堕ちる?」
「そう、──人間になり下がるんだ」
 あっという間に夜の闇が住宅街を覆い尽くそうとしていた。家々に明かりが灯り、夕時の香りが漂い出す。そののどかさが一層、僕たちを異質に浮かび上がらせている。
 その違和感を気づいたのか、ふとシヴァージが自分の両の手のひらを見つめた。
 匂いも熱も音も触れた心地も、僕たちには遠いものだ。〈その知覚〉を正しく理解はするけれど、肉体を通して感じることはない。
 シヴァージはどこか怯えた眼差しをした。
「……人であることはいけないことですか?」
「人であることの是非は問題じゃない。〈天使〉や〈悪魔〉である存在が、人に堕ちることが問題なんだ」
 感情を見せずに淡々とセシルが告げる。僕は彼の言葉の先を奪うように続けた。
「分からない? 君が人に堕ちたら、君がずっと追い求めてきた大切な〈半身〉はどうなるの? 君が堕ちたら、君の〈天使〉は生まれてきたその瞬間から、〈半身〉である君を失わなくちゃいけない。君のようにきっと心の底から〈半身〉を求めて求めて、だけど求めても絶対的に手に入らないんだ。そんな悲劇ってないよ!」
 そんな、とシヴァージが呟いたのが分かった。
 呆然と、絶望的に。──彼の身体が力を失い、やがてがくりと膝を折った。
 〈大切なもの〉を追い求める切なさを彼はよく知っている。その餓えるほどの感情を。
 冷めた表情を装って、セシルはそんな〈同胞〉を見下ろした。
「君が堕ちれば、君の〈天使〉は生まれながらの不具に成り果てるだろう。……選択肢は三つだ。契約を継続して人に堕ちるか、〈彼女〉自身によって契約を解除するか、強制的に契約を破棄させるか」
「────」
 力のない眼差しが、ゆるゆると持ちあがり僕らを見上げる。
 黒い眼が、三番目の選択肢の意味を問うていた。
 僕は一歩前に出た。
「もし〈彼女〉自身が契約解除に応じないなら、」
 残酷にシヴァージを苦しめる言葉ひとつ、僕はセシルには渡さない。
 その言葉で、セシルもまた傷つくと分かっていたから。
「──僕らは強制的に、契約の鍵となる〈彼女〉の命を絶つつもりだよ」




To be continued
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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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