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 中橋の説明によると、生前から祖父は家の管理と水江の世話を頼めるような人材を探していたのだという。家政婦を頼むか、という話もでたらしいが、家政婦では家の書斎の膨大な本の整理を頼むことができないということで、教え子で家政婦のような仕事のできる人を探していたところ、それがシア──セシア・バートンに辿り着いたのだという。
 セシア・バートンはスラブ系ロシア人と日本人のハーフで、ここ数年ヨーロッパの方に仕事で滞在していて八月の半ばまで日本には帰ってこれないという話だったから、中橋もしばらくその話を保留にしていたらしい。
 シアの仕事は、水江が高校を卒業するまでの間の家の管理、家政婦業をし、かつ書斎の本の整理と義文の論文の整理をすることだということだった。
「い──いやだ。じゃない、嫌です」
 それが水江の正直な反応だった。
 だが水江のその明確な拒絶にも、シアはにっこりと微笑んでそうですか、と答える。一瞬、水江は本当に日本語通じてるのか? と疑った。
「俺、他人と暮らすのはお断わりします」
「……そうですね、やはりたとえ祖父君の知り合いとはいえ見ず知らずの人間ですからね、それは嫌でしょうね」
「…………」
「では、私は通ってきます」
「──ええ?」
 あっさりとシアはそう言って、ソファを立ち上がった。
「朝の食事前に尋ねて、朝食の用意をさせてもらってそれから水江さんが学校から戻ってくるまでに掃除や洗濯などを致します。もちろん書斎の整理もですが。……それで夕食の用意をして、水江さんがお帰りになったら、私も帰ります」
「…………」
「それでいいですか」
「……いや、でも、住むとこ」
 そう淡々と告げられて、つられて立ち上がりながら今度は反対に水江は思わず引き止めている。自分でもなぜ咄嗟にそんなふうに言ったのか、よく分からなかった。
 静かにシアは微笑んだ。
「しばらくはホテル住まいになりますが、またすぐに部屋は探します」
「え? あ、じゃあ家賃とか……」
 家政婦料とか出さなきゃいけないのか? と水江はここしばらくの一人暮らしで染みついた貧乏性の感覚で首を傾げる。
 一緒に住むのには抵抗があるが、完全に突放すのにも戸惑いを感じる。
 なんだろう? そんな自分の気持ちがよく分からない。
(……だって、似てる、から)
 ふと思ったのはそんなことだった。
 ──誰と?
「お金の話は中橋さんとしますので、心配なさらないでください」
「え? あ、そう、……」
「はい、じゃあ」
 シアはもう一度にっこりと笑んで、優雅な仕草で会釈をした。そのまま、リヴィングから玄関の方へ向けて歩き出す。
 茫然として水江はそれを見送った。
 ……白いスーツの背中、白晢の美貌、光に透ける薄い茶色の髪、淡い碧色のどこかひどく暗く沈んだような。
 はっと水江は顔を上げる。
「あ、あの!」
 思わず呼び止めていた。
 玄関のところでシアはゆっくりと水江を振り返る。その淡い色をした柔らかな眼差しに見つめられて、水江はなんとはなしにうつむいて口を開いた。
「……とにかく、部屋、探すまでなら」
「え?」
「ホテルは高いから。部屋、見つかるまでなら、……いいよ」
 ここにいても。
 水江はなぜ自分がそんなふうに告げたのか分からなかった。
「はい、ありがとうございます」
 シアは水江の申し出を聞いて、ふんわりと柔らかな笑顔を見せた。




「最近、おまえ顔色いいな」
 部活の終わった後、更衣室で着替えている最中にふとそんなことを真也に言われて、きょとんと水江は顔を上げた。
「……なにそれ」
 首にかけたタオルで頬を流れる汗を拭きながら、困ったように顔をしかめる。真也は脱いだTシャツで首の周りを拭きながら、軽く笑った。
「そのまんまの意味だよ。ちょっと前まではなんとなく顔色悪いような感じだったから」
「そうか?」
「前に郁と訊いただろ? 食べてるか、寝てるかって。あの頃よりさ」
「…………」
 際限なく拭き出る汗をタオルで始末しながら、水江は無言で新しいTシャツを鞄の中から取り出すと素肌のうえに着込む。
 ……あの頃から変わったことといえば、家に奇妙な同居者ができたということだ。
(いいもん食ってるからかな?)
 シアは見かけによらず本当に家政婦業をしっかりとこなした。掃除や洗濯や炊事、面倒なことは大抵してくれる。そしてなにより驚くほどに料理がうまかった。和食も洋食も中華もイタ飯もロシア料理もなんでもつくる。それらすべてがおいしいのだ。
 食生活が豊かだと、なんとなく気持ちにも余裕ができるのだと水江は気づいた。
「なに? なんか心当たりでもあるの?」
 黙り込んだ水江を気遣ったのか、そんなふうに明るく真也が尋ねてくる。我に返って、水江は今まで着ていた汗に濡れたシャツやタオルを鞄のなかにつっこんだ。
「……いや、別に」
「また別にとか言って、おまえは」
 途端に恨みがましいような声があがる。はっと水江は真也を見やり、その疑わしそうな眼差しに出くわした。
「あ? いや別に本当に何にもないよ。……まあ家政婦みたいのが来てるから、それで少し楽になったかな、と」
「家政婦?」
「……ああ、うん」
 家政婦というのだろう、ああいう存在は。──しかも住み込みの。
「なに? やっぱ市原悦子みたいなオバサンなの?」
「……いや違う」
「え? じゃあ、お姉さん!?」
 真也のそのまるで嬉しそうな声に、何を期待しているんだか、と水江は呆れた。荷物を入れた鞄の口をしめて、水江はその鞄を肩に担ぐ。
「──いいや、男」
「へ?」
 まだ着替え途中だった真也は、先に荷物をまとめて更衣室を出ようとする水江を見て、慌ててシャツを着込んでいる。ばたばたと荷物をまとめて、真也は急いで水江のあとを追った。

--To be continue--

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水沢圭子

Author:水沢圭子
目指せ小説書き。日々の生活に甘んじず頑張るために実験的にブログ小説を始めることにしたくせに、結局書けてません。とはいえ現在は投稿メインでがんばり中。

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